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藤本朝巳『松居直と絵本づくり』(教文館、2017) [本と雑誌]

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福音館書店といえば松居直、松居直といえば福音館というぐらい有名な編集者で、石井桃子さんや瀬田貞二さんたちとともに日本の児童文学の一角を切り開いたパイオニアでもあるこの人の仕事を、若い児童文学研究者がたどっていく本。松居氏へのインタビューも収録されていて、それが本文の内容と一部かぶっているのはちょっと残念だけど、この記録自体は貴重で、後世に残されるべきものと思う。

いちばん衝撃的なエピソードは、創刊直後の「こどものとも」で、ある有名な文学作品をとりあげる(絵本にする)ことを決めた松居氏が画家に頼みにいく場面だ。売れっ子であったその画家は、しかし病に臥せっていて、松居氏が練馬区の都営住宅を訪ねてご夫人に用向きを伝えると、「○○(その画家の名前)は伏せっておりますので、絵が描ける状態ではございません。」と言われてしまう。しかたなく引き下がろうとすると、奥から「その仕事やる、待ってもらえ」と声がかかり、画家は布団の上に上半身を起こして、「××××(その文学作品の作者)、やりますよ。その仕事やれるなら死んでもいい」と松居氏に言ったという。
(pp.46-47)
この話が衝撃的である本当の理由は、この作品が絵本として実現した直後、この画家がほんとうに亡くなってしまったことにある。本書では「いわば、○○さんの最期の作品です。病を押して描き上げたのには、よくよくの思いがあったからに違いありません。」と控えめに書かれているが、ちょっと戦慄を覚えるような話である。

付言すると、絵本化されたその作品自体が、xxxxが死の床で最後まで手を入れていた作品(かつ、私の好きな作品)なので、何かの因縁ばなしのようで、二重にゾクッとしてしまうところである。

さらにさらに、ある画家がこの絵本を読んで絵本をつくろうと決意し、松居直を訪ねてきて「こどものとも」からデビューする話(pp.140-142)とか、後年自らも絵筆をとって、同じ文学作品を別の出版社から絵本化したというエピソード(pp.48-49)が紹介されていて、よくよく因縁めいた作品でもあると感じる。

こうしたエピソードを措くとしても、巻末に掲げられている「松居直編集による月間絵本『子どものとも』一覧(1~149号)」を眺めると、きら星のようなというのか、今でもよく知られている作品がずらりと並んでいて、すごさを感じる。

 
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番町句会(11/10) [俳句]

半年ぶり?いやそれ以上欠席が続いていたように思われ(自分のことについて「思われ」は変なのだけど、あまりに記憶が遠いので)、きょうは10人が参集。
きょうの席題は「柊の花」「鷹匠」。毎度のことだがうむむ。

(選句用紙から)

浜離宮へ晴れて鷹匠補となりて

季題「鷹匠(たかじょう)」で冬。鵜飼いを仕事とする鵜匠と同様に、鷹を育てて鷹狩りをするのだけど、宮内庁にはいまでもそういう役職があるとかで、ここでいう「鷹匠補」というのはその役職のひとつなのであろう。どういう経緯でこの世界に入ったかわからないが、さまざまの苦労の末に「晴れて」鷹匠補という役職をいただき、そのお披露目だか発令式だかのために鷹を連れて浜離宮へおもむく、といった句意か。「晴れて」が冬の東京の晴れた空を連想させて好ましい。

飛び上がれば又その石に石たたき

季題「鶺鴒(せきれい=石たたき)」で秋。石たたきは鶺鴒の異名で、長い尾を振る様子が石をたたいているように見えるのでそのように呼ばれるそうだが、どこにでもいる鳥ではあるが、ここでは川原などで、ふと飛び上がった鶺鴒の着地点である大きな石に、すでに先客がいた。

(句帳から)

山茶花の咲き疲れたる小庭かな
肩車十一月の日曜日
鷹匠の終始無言でありしかな
 
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若菜晃子『街と山のあいだ』(2017、アノニマ・スタジオ) [本と雑誌]

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山の本というより、山を題材にした人間模様ともいうべきエッセイ集だが、静かな中に滋味があって好ましい。

登山経験のない大学生が山と渓谷社に入社して、まあ山と渓谷社であるからして当然のように山岳雑誌の編集部に配属されて、ドタバタしながら編集者として成長していくのだけど、その過程で出てくる先輩編集者や同僚、執筆者がいずれも、俗なことばでいえば「キャラが立っている」というのか、ユニークな人々。これらと並行して、親や家族、地元の人々、他の登山客など、山をめぐっていろいろな人々が現れる。

そうした人々との関係のひとつひとつを、あたかも詩のように(という表現が当たっていなければ、木炭で描かれたデッサンのように)しみじみと描いていく話なのだ、と書いてみると、なんだかちっとも良さが伝わらないのが残念。味付け濃厚な山岳本に飽きたらぜひこの本を。

  

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第113回深夜句会(10/26) [俳句]

急に寒くなったり暑くなったりする毎日。秋の句と冬の句が混在していても全然違和感なし。

(選句用紙から)

赤子ゐる車両ことこと秋日和

「電車」でなく「車両」というと、列車全体のなかのある一両、という意味になるので(その前に、バスやタクシーやリヤカーも「車両」なのだけど、ここはまず電車の話ととった)、前後にほかの車両がいるかもしれないし、いないかもしれないが、その一両のどこかに、ベビーカーかだっこ紐かで親に連れられて、赤ん坊がひとり乗り合わせている。赤子が目覚めているのか眠っているのかはわからないが、電車はことことと音を立てながら進んでいく。窓を通じて赤子にも日差しがふりそそぎ、さらにその電車全体にも、外側から見れば秋の日差しがあたっているであろう、という多幸感にあふれた一句。「ことこと」が気になるといえば気になるが、許容範囲か。

蓑虫の糸ひとすぢにしたたかに

季題「蓑虫」で秋。虚子に「蓑虫の父よと鳴きて母も無し」の句があるが、その姿が哀れを誘う虫でもある(こどもの悪戯のターゲットになりやすい虫だが、最近あまり見かける機会がないのはどうしたことか)。しかしこの句に出てくる蓑虫は、同じように糸をひいてぶら下がってはいるが、作者には「したたかに」守りを固めているように見える。これもまた、観察から得られる着想であって、お約束に陥らないために必要なことだと思う。「ひとすじにしたたかに」のたたみ掛けも巧み。

(句帳から)

秋の暮自転車が過ぎ影が過ぎ
グランドのこちら側だけ秋の霜
校舎の裏講堂の裏刈田かな

 
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びわ湖100キロ歩行大会敗退記(③感想・反省&来年に向けて編) [雑感]

〔感想・反省&来年に向けて編〕

・運営スタッフの熱意が感じられる、すばらしい大会だった。運営する側も出場する側も、大半は地元の方であって、地域を盛り上げるイベントとして成功しているように思う。出場者と同時に運営スタッフ(サポーター)を募集しているのも好ましいことだと思う。

・熱意が感じられると書いたが、それは例えば、チェックポイントやエイドステーションで食べ物をくださるときでも、事務的に手渡すのではなく1人1人を見て声をかけてくださるとか、バナナにマジックでメッセージが書いてあるとか(写真を撮っておけばよかった)、チェックポイントの手前に出てきて手を振ってくださるとか、ちょっとした部分に表れていた。気温が17度とそこそこ高かったとはいえ、雨の中で長時間の対応は大変だったに相違なく、頭が下がる。

・また、制限時間がゆるやかだったり、チェックポイントの開設時間が遅めだったりと「完歩が目標であって、時間や順位は問題にしない」という姿勢もよくわかるし、グループで歩いている人が多いことなども、競技色を排除とまではいわなくとも、あくまでも地元のイベントとして好ましい姿勢だと思う。

・滋賀県の南半分を横切るような、広範囲にわたるイベントなので、こうして盛り上げていけば、やがては滋賀県を代表するような大会に発展するのではないだろうか。

・せっかくこれだけ盛り上げてくださったにもかかわらず完歩できなかったのは、われながら不甲斐ない。特に、雨の予報があって、対策を施す時間が十分にあったにもかかわらず靴に浸水してリタイアという結果は言いわけできない。公式発表によれば、100キロの部の完歩率は、374人/668人=56%とのことで、あの悪天候でも6割近い人が完歩しているのがすごいのか、自分がダメなのか…
(11.17追記 失敗のキモは「久しぶりに使った靴の防水性を過信していた」ことに尽きる。名前こそ「カメレオン4 ミッド ウォータープルーフ」と立派なのだけど、縫目からの浸水を完全に防ぐことはできないし、経年変化もあったものと思われ、30キロも歩かないうちに浸水してしまった)
 ただ、完全な雨対策として何が考えられるかとなると、ゴム長靴で歩くのも気が進まないし、ゴム長以外で、レインブーツと称して売っているものの耐水性がどの程度なのか、買って履いてみないとわからないのが困る。いっそのこと、裸足でサンダルもありなのだろうか。靴ズレで10キロももたないか。


・それでも、少なくとも53km地点まではキロ12分(時速5キロ)のペースで歩けることがわかったので、来年はぜひ完歩して、残りの47kmの景色を楽しみたい。もっとも、残り47kmのほとんどは真っ暗な中を(日の出前に)歩くことになると思われるので、何も見えないかもしれないが。

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(GPSソフト "Geographica"の集計画面。ちなみにGPSを使うとiPhoneのバッテリーをかなり食う(10時間経過時点で残り41%)ので、予備のバッテリーは必須。
 余談だが、このソフトで記録した歩行ルート(トラックという)を再生表示すると、1:25000図上に驚異的に正確に表示される。驚異的に、とは、たとえば道路のどちら側を歩いていて、どこで反対側に渡ったか、かなどという数メートルの動きさえも正確に表現されているということ。しかも、バッテリーを食わないように、ソフトの設定で「GPS精度」の項目を「省エネ」にしているにもかかわらず、だ。すばらしい。これはソフトの性能なのだろうか、それともスマホのGPS機能の性能なのだろうか。)

 

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びわ湖100キロ歩行大会敗退記(②当日編) [雑感]

〔当日編〕

・スタート地点の長浜市豊公園は雨。何人ぐらい出場するのだろう。受付でもらったゼッケンは「A4の紙」だった。去年までは「黄色のビブに番号を印刷したゼッケン」だったので、ビブをもらえると勝手に思い込んでいたのだけど、紙と安全ピンを手渡されて当惑。雨合羽の上から安全ピンで止めたら、生地に穴があいてしまうが…考えた末、バックパックのチェストハーネスに固定すればいいことに気づく。

・午前8時半ごろ雨があがり、開会式と写真撮影のあと9時スタート。最初の5kmは、1キロ11分を切るハイペースで通過。このペースで最後までもつのか?

・9.3kmあたりから雨が降りはじめる。ここから先、最後までずっと雨だった。

・15kmのすこし手前、倉庫か事務所かの大きな庇の下に立ち止まり、バックパックからトレッキングポールを取り出す。人で混み合うスタート直後は避けて途中から使おうと考えていたのだが、実際にはスタート直後でもそれほど詰っておらず、それなら最初から手に持っていたほうがよかったかも。

・18.3km 右足内くるぶしが靴に当たって痛いので、靴紐を緩めるためのベンチを探す…が、みつからないのでコンビニの軒先の石に座って緩める。隣で休んでいる選手と買物客が「何時にスタートしたの?」「どこまで歩くの?」と会話を交わしているのをぼんやり聞きながら、まだ3時間ちょっとしか経ってないのか…と考える

・20km ほぼ同じペースで2mぐらい後ろをついてくる女性がひとり。風はそれほど強くないが、2時の方向、びわ湖から吹いている。風除けとして、この痩躯がお役に立てているのだろうか…

・25km 右側にびわ湖の汀が続く美しい景色だが、それを楽しむ余裕はない。風が弱いのが不幸中の幸い。靴の中に水がしみはじめていることに気づく。どこかでベンチを見つけて、ソックスを替えよう。

・27km さきほどの女性に先行してもらい、道路沿いの公園のあずまやに腰掛けてソックスを交換する。しかし2キロも歩かないうちに再びしみはじめ、30km手前で靴の中全体がぐしゃぐしゃになってしまう。この時点で、完走は無理と判断する(ソックスの替えはたくさんあるが、靴の替えがない)。ミニようかんの包装も、雨でふやけてしまっている(中身はアルミ箔のパックなので問題ない)。

・32km 第1チェックポイント。午後3時より前に着けるかな?遠くにファミリーマートの看板が見えてくるが、なかなか近づいてこない。やっとたどりつくと、コンビニの駐車場にいくつものテントが張られ、オレンジ色のジャケットを着たスタッフと着ぐるみ(←雨の中で大変そう)が迎えてくれる。ゼッケンの隅に印刷されているQRコードをスタッフがスキャナーで読み取ると、それが記録化されるというハイテク。スタートから6時間弱、14時58分51秒に到達。想定ペース(a)でも15時24分到着だったので、それより25分あまりも早い到着。ちょっと飛ばしすぎか。
ここでリタイアしようかとも考えたが、荷物は第2チェックポイントに置いてあって、そこまで車で運んでもらうのも大変なので、このまま歩き続けることにする。

食事をいただく。バナナ(とてもおいしい)にマジックで「もう3分の1まで来ました。すごい!」と書いてあって、確かに3分の1歩いたのだね…と気づく。ほかに地元産のお饅頭とウエハースをいただき、いずれも一気に食べてしまう。ビバ炭水化物。

・じっとしていると足が痛くなるので、早々に雨の中を出発。前にも後ろにもほとんど人がいない。

・35km こんどは女性(先刻とは別の女性)の後ろについて、ほぼ同じスピードで歩く形になる。歩道が狭いので、遠慮されて「先に行かれますか?」と尋ねられるが、「ほぼ同じスピードなので、このまま行かせてください」とお願いする。そうこうするうち38km地点を通過したので、「次のチェックポイントまで、あと15kmですね…」などと話す。やがて少しずつこちらが先行し、振り向いても姿が見えなくなる。

・40km 歩道の幅いっぱいの深い水溜りがつぎつぎに現れる。最初のうちは道路脇の草むらを歩いていたが、それも疲れるので、水溜りの端を選んで歩くようにしたが、ずぼっと水にはまってしまう箇所がところどころにあり、いっそう靴が水浸しになる。靴の中で足がふやけていくのが感じられる。最悪。

・41.5km エイドステーションでおにぎり2個と豚汁をいただく。おいしい。薄暗くなってきたので、ここからヘッドランプを点灯する。このあたりから、道路脇の人家や商店がなくなってくる。今のペースでいくと第2チェックポイントに何時ごろ到着するか、頭の中で計算を繰り返しながら歩く。

・43km 第2チェックポイントまであと10km。心の中で「あと11km、あと10km…」とカウントダウンしながら必死で歩く(ペースはあまり落ちていない)。きょうの日没は17時14分で、あっという間に道路は真っ暗になる。街路灯がないので、ヘッドランプで歩道の水溜りを見分けながら歩くという苦行。車道を歩けば水溜りは避けられるのだけど、これは危険(実際、クラクションを鳴らされる)。

・46.6km 雨と暗闇の中にローソンの灯火が現れる。入り口にオレンジ色のスタッフが1人立って、道行く選手を応援している。たいそう心強く感じる。沿道のところどころに気温が表示されているが、どの表示もずっと17度で、上がりも下がりもしない(まさか故障しているわけではあるまい)。これはむしろ助かる。

・51km 長い橋を渡る。真っ暗であることに加え、高さがあってけっこう怖い。あと2キロ、あと2キロ…と念仏のように唱えながら歩く。自分の吐いた息が白い湯気になって自分に向かってくる。

・53km 無人の信号の先に、突然チェックポイントのテント群が見えてくる。スタッフが元気よく出迎えてくれる。いま18時58分だから、10時間を切っている。テントに入るとゼッケンのQRコードを読み取るかわりに番号札を渡してくださるので「?」と思うが、チェックポイント自体が19時オープンというので納得。19時とともに番号札の順に呼び出され、コードを読み取ってくれる。公式計時は19時03分02秒だから、タイムは10時間03分02秒となる。想定ペース(a)では19時36分と計算していたので、それより30分以上も早い。
スタッフのみなさんが、名前入りの応援メッセージカードを「お守りです!」と手渡してくださる。大変ありがたい。

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番号札の数字=現時点の順位(暫定順位)は27位と意外な好成績なので、このまま歩き続けようかとも思ったが、これより先でリタイアすると、荷物がゴール地点に運ばれているので、朝までどこかで待機した上に自力でゴールへ行って荷物を回収しなければならず大変だ。やはりここで荷物を受け取ってリタイアすることを決め、大会本部に申告する。これにて敗退。

・荷物を抱えて近くのバス停から路線バスに乗り、JRの最寄駅まで15分ぐらい放心。駅に着いて座席から立ち上がろうとしたら、足が痛くて立ち上がれない。やはり体を動かし続けていないとだめなのだろう。そこから先は全部エレベーターとエスカレーターを頼りに、新幹線のホームまでたどり着く。車内で筋肉痛が爆発。

(余談。バスの中から外を見ていたら、第2チェックポイントから1キロぐらい(54km地点あたり)のところに大きなショッピングセンターがあって(これはわかっていた)、その外壁に「LOGOS」というアウトドアショップの大きな緑色のネオンサインが光っていた。リタイアせずにこの店まで歩いていって新しいゴム長靴を買い、足を乾かしてからその靴で歩きつづけることができたかもしれない。とはいうものの、買ったばかりの靴でいきなり46kmも歩く(しかも、今まで履いていた靴を背負って)のは、酔狂の度が過ぎるというものだろう。)

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びわ湖100キロ歩行大会敗退記(①事前準備編) [雑感]

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(上の画像は大会公式ホームページから引用)

10月21-22日に滋賀県で開催された、この「びわ湖チャリティー100km歩行大会」に出場したが、53km地点であえなくリタイア。以下、来年に向けた反省と備忘録を兼ねて、この大会について感じたことを。

〔事前準備編〕

・100キロウォークの大会は数多くあるが、
 ①制限時間がキツくない(30時間30分(ちなみに、24時間制限の大会が多い))
 ②ルートがほぼ平坦
 ③中間地点(53km)で荷物の入れ替えが可能(預けた荷物をピックアップして、着替えや補給ができる)
 ④開催時期が暑くも寒くもない
 ⑤沿道の景色がよさそう
と好条件が揃ったこの大会が楽しそうと判断。ちなみに1週間後に開催される三河湾100kmチャリティー大会も①②④⑤は同じなのだが、③が決め手になって、この大会を選ぶ。

・事前に送付されたルートマップを熟読し、
  (a) 1kmを12分(時速5km)
  (b) 1kmを13分20秒(時速4.5km)
  (c) 1kmを15分(時速4km)
の3パターンで、どの地点を何時に通過するかをシミュレーション。どのパターンでも制限時間内にゴールに到着できるが、トレーニング時の記録から考えて、(a)のペースで最後まで歩くのは自分には難しそうなので、
 ●第1チェックポイント(32km地点)までは(a)のペースを目標に、
 ●そこから先は、(b)を目標としつつ、(c)を下回らない程度のスピードで
歩き続けることにする。この場合、(a)+(c)の合計タイムは21時間31分なので、午前6時30分ごろゴールする計算になる(スタートは午前9時)が、休憩や信号待ちなどのロスタイムを10キロにつき10分ずつ計100分見込むと、以上の合計は23時間11分で午前8時10分ごろゴールできればいいという皮算用。

・1週間前に発表された週間天気予報では土曜・日曜とも晴れ。喜んだのもつかの間、16日(わずか5日前!)に発生した台風21号が日本列島に近づくにつれて、どんどん曇り→雨に予報が変わってゆく。全行程雨がほぼ確実となったのが2日前。がっかり。

・行動食は、六甲縦走と同じくミニようかんとカステラボールを10個ずつ。5kmごとにようかんとカステラを交互に食べていくと、20個合計でおよそ3400kcalの補給が可能な計算。これにルート上のエイドステーションでいただく食物を足して、だいたい4000kcalぐらい食べることになるが…

・ハイドレーションは1.5リットルのソフトパックを用意し、第2チェックポイントで補充することで前後半あわせて3リットルを給水するほか、不足分は沿道の自販機やコンビニで調達する計画。

・バックパックは10リットルのトレラン用を使う。ハイドレーションの他は、替えのソックスとソフトシェルジャケットだけを収容。雨だとザックカバーをかけるから、頻繁に開け閉めできないので、ショルダーハーネスにポケットを2つくくりつけ、ここに財布とiPhoneを収容する。ウエストベルトのポケットには行動食とレジ袋(ゴミ袋)を入れる。

・前日の予報で、全行程雨、それも強い雨(時間あたり5ミリとか6ミリとか)と判明し、気分が盛り下がる。ふだん使うウォーキング用の靴をやめて、雨用の靴1足とソックス多数を持参することにする。しかしこの靴、5年前にCoast to Coastで使った靴で、かなり時間がたっているので耐水性に不安があるのと、この(重い)靴で全然トレーニングしていないのが不安。

・iPhoneのアプリケーション「Geographica」を購入し、歩行のログをとることにする。歩行中は国土地理院の1:25000地図に現在位置を表示してくれ、歩行後には平均速度、最高速度、累積高低差などを表示してくれる優れたアプリケーションで、前作「DIY GPS」では自分の歩くルートの2万5千図をスキャナーで読み込み、iPhoneに保存しておく必要があったところ、あらかじめwebで読み込んでキャッシュしてくれるのですごく準備が楽になった。

・前日の新幹線で米原経由長浜へ。この日は概ねいい天気で、開催がもう1日早ければと残念。

  
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宗教改革がわかる20冊 [本と雑誌]

きょう10月31日は、「宗教改革500周年」の記念日なのだそうで、キリスト教出版販売協会(そういう団体があるのですね)から発表された「これだけは読んでおきたい・宗教改革がわかる20冊」というリストが面白い。
しかしこのリスト、発表元のプレスリリースにリンクを張っておくべきところなのだけど、検索しても見つけることができないので、ご紹介くださっている方のツィッターに張らせていただいた。下の文字は画面を見て手で入力しているので、間違いがあったらごめんなさい。

ちなみに、1冊も読んだことないのですが(汗)

【初級】
「まんが キリスト教の歴史」(樋口雅一作・絵、いのちのことば社、2008)
「学研まんが NEW世界の歴史6 ルネサンスと大航海時代」(南房秀久原作・城爪草絵、学研プラス、2016)
「図説 宗教改革」(フクロウの本)(森田安一、河出書房新社、2010)
「マルティン・ルター―ことばに生きた改革者」(岩波新書)(徳善義和、岩波書店、2012)
「聖公会が大切にしてきたもの」(西原廉太、教文館、2016)

【中級】
「はじめての宗教改革」(G.S.サンシャイン/出村彰・出村伸訳、教文館、2015)
「プロテスタンティズム―宗教改革から現代政治まで」(中公新書)(深井智朗、中央公論新社、2017)
「プロテスタンティズム―その歴史と現状」(F.W.グラーフ/野崎卓道訳、教文館、2008)
「イースター・ブック―改革者の言葉と木版画で読むキリストの生涯」(マルティン・ルター/R.ベイントン編/中村妙子訳、新教出版社、1983)
「ルター自伝」(マルティン・ルター/藤田孫太郎編訳、新教出版社、2017)
「ルターから今を考える―宗教改革-500年の記憶と想起」(小田部進一、日本キリスト教団出版局、2016)
「ルターのりんごの木―格言の起源と戦後ドイツ人のメンタリティ」(M.シュレーマン/棟居洋訳、教文館、2015)
「キリスト者の自由―訳と注解」(マルティン・ルター/徳善義和訳、教文館、2011)
「マルチン・ルター―原典による信仰と思想」(徳善義和、リトン、2004)

【上級】
「牧会者カルヴァン―教えと祈りと励ましの言葉」(J.カルヴァン/E.A.マッキー編/出村彰訳、新教出版社、2009)
「ジャン・カルヴァンの生涯(上・下)―西洋文化はいかにして作られたか」(A.E.マクグラス/芳賀力訳、キリスト新聞社、2009・2010)
「宗教改革の物語―近代・民族・国家の起源」(佐藤優、角川書店、2014)
「総説キリスト教史2 宗教改革編」(新井献・出村彰監修、日本キリスト教団出版局、2006)
「プロテスタント思想文化史―16世紀から21世紀まで」(A.E.マクグラス/佐柳文男訳、教文館、2009)
「カルヴァン 歴史を生きた改革者―1509-1564」(B.コットレ/出村彰訳、新教出版社、2008)

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第112回深夜句会(9/28) [俳句]

急に寒くなる。秋の雨も降っている。

(選句用紙から)

秋の日のゴミか何かの白きもの

人によっては「ゴミか何かの」が口語的に過ぎると感じられるだろうけれども、この措辞は、あえて何であるかを特定しないまま「白きもの」とだけ言っておいて、それが秋の日の庭先だか道端だかに落ちている、という面白さにある。秋だから白、というだけでは単なるお約束なのだけど、この句では、なんだかわからないその白いものが、秋の色として提示されている。芭蕉が「石山の石より白し秋の風」(秋)、「海暮れて鴨の声ほのかに白し」(冬)のように風や声に色を見出したのとは違った面白さ。

かなかなの爪先立つてゐるやうな

ひぐらし(かなかな)の姿を詠んでいるようにも、また鳴き声を詠んでいるようにも感じられる。後者なら、ひとしきり鳴いて、デクレシェンドかつリタルダンドして鳴きやむ感じを「爪先立って」と叙したものだろう。

(句帳から)

落し水鳥海山に羊雲
実のやうなものこぼれ落ち葉鶏頭
来ては去りまた来ては去る小鳥かな
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エリザベス・ストラウト『オリーヴ・キタリッジの生活』(小川高義訳、ハヤカワepi文庫) [本と雑誌]

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初めて読む作者なのだけれど、こういう心理描写があるのですね。見た目には大した事件も起こらないメイン州の田舎町の、1人の女性の周囲にこのような善意・悪意・怒り・嫉妬・愛情・無関心etc.が渦巻いている。それらの一つ一つが、いかにも納得させられるものでもある。読み進めるうちに、この女性(だけ)が特異なのではなく、どんな人の周囲にも、程度の差はあれ同様のことがあるのではと感じさせる。

繊細なようでもあり無神経のようでもあり、臆病にも傲慢にも受けとれるように描かれているため、単純な共感とか反発ができないところは、ちょっと三浦しをんに通じるものがあるかもしれない。

また、こういう作品を高く評価する(ピューリッツァー賞)アメリカのフトコロの深さも同時に感じさせる。日本語では他に『バージェス家の出来事』と『私の名前はルーシー・バートン』の2作品(いずれも小川高義訳、早川書房)しか読めないのが残念。

 


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第111回深夜句会(8/24) [俳句]

そう広くはない喫茶店で、句会のためにテーブルを占拠するのだけど、人数によってはテーブルの確保がたいへん。まあでも忙しい勤め人のための句会なので、みなさんギリギリで会社を抜け出してくるわけだから、2人しか来ないこともあれば10人来られる時もあるのは当然のなりゆきで、お店を貸しきらないかぎり根本的な対策にはならない。

(選句用紙から)

油彩画の光を止め丸茄子

茄子がいちめんにつやつやしている感じを「油彩画の光」と序したところがこの句の手柄。油彩画の光って具体的にはどんな感じなのかと尋ねられると(油絵具をいじったことがないので)ちゃんと説明できないのだけど、厚塗りの紫色の絵の具の表面がテカッているような感じか。確かに、あのテカテカを見ていると、野菜というよりなにかの人工物のように見える。

カフェあるといふ此の霧の森の奥

季題「霧」で秋。道の奥でなく「森の奥」といっているので、森の奥につづく細い道があって、そこを歩いていくとカフェがあるのだそうだ、さてそのカフェはどんなカフェなのだろう(お客も食材も、この細い道を通って徒歩で運ばれるのだろう)ということになる。もちろんいま立っている森の入り口からは、カフェは見えない。シューマンの「森の情景」のような一句。

(句帳から)

クレーンのゆつくり動く残暑かな
掃苔や遺恨といふにあらざれど
割箸の脚の不揃ひ瓜の馬
夕さればかなかなかなと裏の木戸

  
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本試験 [皿回し]

またやってきたこの季節。
がんばれ受験生!

ことしの東京会場は、早稲田大学と東京外国語大学。
エアコンは効いているのだろうか…

 

 
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第110回深夜句会(7/13) [俳句]

(選句用紙から)

重さうな車掌の鞄朝曇

季題「朝曇」で夏。通学の鞄とか通勤の鞄って色も形も大きさもさまざまだが、しかし中に何を入れるかは、持ち運ぶ人に委ねられているのが普通だろう。しかし車掌の鞄は、あれは業務上必要なもの(マニュアルとか、非常時の装備品とか)が必要な範囲で詰め込まれているはずで、まさかあの中に文庫本とかペットボトルは入ってはいないだろう。乗務している限りそれを携帯しなければならないというのは、お仕事とはいえ、この夏の暑さのなかではたいへんなことで、それが「朝曇」という季題をよく言い表している。

感想戦で「重そうな」について質疑。「重さうな」だと外から車掌の鞄に視線が注がれていて、視線を注いでいる作者がやや前景化するのだけど、むしろ「重からん」として車掌の側から鞄を見るようにさせたらどうだろうかと。なるほど。私は「重たげに」を思いついた。

かたつぶり塵もろともに掃かれけり

季題「かたつむり」で夏。庭とか路地のようなところであろうか。竹箒で掃き掃除をしていたら、葉っぱとか小石とかに混じって、そこにいたかたつむりも根こそぎ掃き出してしまった。
これも感想戦で、「もろともに」について質疑。「もろともに」だと、掃き出している竹箒の動作が強調されてかたつむりが一句の中心にこないのに対して、「塵にまじりて」なら、掃き出されたもろもろのものごとの中に入り混じっているかたつむりの様子がよりよく描けるのではないかと。確かに「もろともに」は非常に強い言葉なので、一網打尽で大きな動きとして強調されることになるから、かたつむりへの視線を保つためには、一見地味に見える「塵にまじりて」が支持されるかもしれない。

こういう議論が交わせるためには、参加者の言語感覚がある一定以上に研ぎ澄まされていなければいけないわけで、たとえ自分はその最後尾にいるとしても、この句会はありがたい存在。

(句帳から)

大西日横断歩道てらてらと

 

ハーゲン弦楽四重奏団演奏会(6/30) [音楽]

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ハイドン/弦楽四重奏曲 第78番 変ロ長調 Op.76-4「日の出」
ベートーヴェン/弦楽四重奏曲第11番「セリオーソ」 Op.95
シューベルト/弦楽四重奏曲第13番「ロザムンデ」D.804

新装開店の武蔵野市民文化会館小ホールは、座席の幅も少し広くなったような気がして快適(気のせい?)。
前から2列目のど真ん中なので、演奏者が息を吸い込む音まで聞こえる。

ざっと見渡して、藪柑子より若いお客さんは5%、多く見積もってもせいぜい10%ぐらいしかいない。ハーゲンSQといえば弦楽四重奏の世界ではまず指折り数えられる存在だと思うし、弦楽器を弾く(あるいは、弦楽器を弾いて室内楽を楽しむ)若い人は東京にあまたいると思うのだけど、こんなものなのだろうか。

このぐらいのトッププロにとって、縦の線が合っているなどということはもう当り前なのだろうけど、それにしてもどうしてこれほどちゃんと合っているのかと。その一方で、エマーソンSQを聴いたときには、全体が一つの楽器のように聞こえたのだけど、このカルテットは、目を閉じて聴くと弦楽合奏、それも大規模な弦楽合奏のように聞こえるのですね。これは、最弱音から最大音までの幅の大きさと、あとは楽器の鳴り方によるものだと思うのだけど、控えめに意ってもなかなかできない経験。

ハイドンもベートーヴェンもよかったのだけど、演出控えめの「ロザムンデ」がすばらしい。こういう曲だと、分析とか解釈とか考える必要がないので、演奏者の音楽性がストレートに伝わってきて、しみじみと幸福感に浸れる。

アンコール:ベートーヴェン/弦楽四重奏曲第16番Op.135~第1楽章

(2017.6.30 武蔵野市民文化会館)

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OS復活 [雑感]

日本路線から去年撤退したOS(オーストリア航空)が、来年5月からウィーン・成田間で運航を再開するとのこと。
去年の撤退劇の衝撃はまだ記憶に新しいし、各社の相対的な日本離れの構図自体は変わっていないのだろうが、そうした中にあってこれはささやかな朗報。

 
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