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須田桃子『捏造の科学者』(文藝春秋、2014) [本と雑誌]

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法律系の修士論文を書く院生は、概ね以下のようなことを指導教授から厳しく指示されると思う。

・学術論文の意義は、先行研究にわずかでも新たな知見を加えることにある。
(その「新たな」の程度は、修論と博論では大いに異なるが、いずれにせよ、新たな知見がなければ単なるレポートであって、論文とはいえない)
・法律のどの分野であっても、程度の差はあれ先行研究が存在するので、自分の論文のなかで「この部分は先行研究」「この部分は自分の議論していること」を峻別し、読者に明示しなければいけない。
・従って、先行研究を数多く引用することになるから、その際の表記方法は「法律文献等の出典の表示方法」(法律編集者懇話会制定)で統一すること。
・この方法に従わずに文献が引用された論文は、法律論文としての価値がないものとみなされる。
・出典を明記しないまま引用すると、先行研究を自分の議論として剽窃したことになるので、学術の世界では死刑。

実際に、自分が鉛筆を舐めながら修論を書いていた間にも、学会の重鎮が他の研究者のブログを「うっかり」自分の論文に使ってしまい、その論文を掲載した専門誌が刷り直しになるという事件が起きている。

で、そういうモノサシを念頭においてこの本に出てくるあれやこれや(強烈なのは、博士論文の「全体の五分の一にあたる約二十ページで米国立衛生研究所(NIH)のウェブサイトの文章を丸写ししていた」(本書P.324)事実)を検討すると、この件はもう、学術の尺度では測定不能な事案なのではないかと。ちょうど、キッチンスケールでは自動車の重量を測れないようなもので、あえていえば、この事件の本質は「詐欺」に近いように思われる。

その上で、本書で紹介される丹念な取材記録(こういう分野で「裏をとる」ことがどのぐらい大変か、想像もつかない)を読んだ上でもなお残る疑問は、
「なぜ小保方氏は、いずれバレるとわかっている嘘をつき続けたのか」
「なぜ笹井氏は、最後までSTAP細胞(という仮説)を支持し続けたのか」
という点だ。後者は、今となっては誰も答えることのできない疑問だが、このことが結局は、問題をいっそう混迷させてしまったように思われるだけに、残念(この本が、ではなく、こうした結果になったことが)だ。

ついでにもう1つ疑問なのは、ここまで話が進んでも、巷にはまだ小保方氏を擁護する声が多いこと。高齢の男性に多いような気がするのは私の気のせいですかそうですか。「STAP細胞は実在するのだが、その筋の圧力で抹殺された」とか笑ってしまうのだが、どう考えるとそういう陰謀論にたどり着くのだろう。

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