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ハーゲン弦楽四重奏団演奏会(6/30) [音楽]

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ハイドン/弦楽四重奏曲 第78番 変ロ長調 Op.76-4「日の出」
ベートーヴェン/弦楽四重奏曲第11番「セリオーソ」 Op.95
シューベルト/弦楽四重奏曲第13番「ロザムンデ」D.804

新装開店の武蔵野市民文化会館小ホールは、座席の幅も少し広くなったような気がして快適(気のせい?)。
前から2列目のど真ん中なので、演奏者が息を吸い込む音まで聞こえる。

ざっと見渡して、藪柑子より若いお客さんは5%、多く見積もってもせいぜい10%ぐらいしかいない。ハーゲンSQといえば弦楽四重奏の世界ではまず指折り数えられる存在だと思うし、弦楽器を弾く(あるいは、弦楽器を弾いて室内楽を楽しむ)若い人は東京にあまたいると思うのだけど、こんなものなのだろうか。

このぐらいのトッププロにとって、縦の線が合っているなどということはもう当り前なのだろうけど、それにしてもどうしてこれほどちゃんと合っているのかと。その一方で、エマーソンSQを聴いたときには、全体が一つの楽器のように聞こえたのだけど、このカルテットは、目を閉じて聴くと弦楽合奏、それも大規模な弦楽合奏のように聞こえるのですね。これは、最弱音から最大音までの幅の大きさと、あとは楽器の鳴り方によるものだと思うのだけど、控えめに意ってもなかなかできない経験。

ハイドンもベートーヴェンもよかったのだけど、演出控えめの「ロザムンデ」がすばらしい。こういう曲だと、分析とか解釈とか考える必要がないので、演奏者の音楽性がストレートに伝わってきて、しみじみと幸福感に浸れる。

アンコール:ベートーヴェン/弦楽四重奏曲第16番Op.135~第1楽章

(2017.6.30 武蔵野市民文化会館)

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カルテット [音楽]

TBSが、弦楽四重奏(団)を題材にしたドラマを放送しているではないですか。これは見ないと。


 

プラジャーク弦楽四重奏団+山碕智子(Va) モーツァルト弦楽五重奏曲全曲演奏会 [音楽]

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1日で6曲全部が聴けるならと吉祥寺シアターへ。初めての会場だけど、文字通り劇場なのですね。
学生のころ、ブダペストSQ+トランプラーのLP盤を聴いてから、それが頭の中のモノサシになってきたのだけど、そのモノサシを置き換えるとまではいかなくても、なかなかに歌ごころのある演奏で、前後半5時間の長丁場もまったく苦にならない。「スメタナSQの後継者」という宣伝文句が呼び起こす印象は渋い、枯れた演奏だが、実物はもっとカラフルな演奏。

プロなので当たり前とはいいながら、縦の線がぴしっと揃っている演奏って、それだけですごいなあと思ってしまう。感想にもなっていないが、個人の力量が極限まで高まっていくと、「合わせる」という感覚なしにそれが実現できてしまうのではないかと。

(2016.12.3 吉祥寺シアター)

平塚フィルハーモニー管弦楽団 第24回定期演奏会(6/13) [音楽]

メンデルスゾーンの「真夏の夜の夢」序曲って、これまでレコードやCDで何百回も聴いてきた曲だけど、アマチュアオーケストラの演奏で聴くと、弦楽器も管楽器も難しい曲なのですね。完璧に揃ったプロの演奏を聴いていたのではわからない発見―縦の線を揃え、立体感をつけていくのが大変そうだとか、フルートにクラリネットが加わり、さらにファゴットとホルンが加わり、最後のオーボエが加わっていく序奏冒頭の音の積み重ね(すべてpp)が難しそうだとか―がいっぱい。

それ以上に、この曲にあふれる豊かな色彩感と澄みきった美しさはどこから来るのか。1826年以前にはこのメロディーがなかったという事実が、何かの間違いのように思える。しかもそれを、わずか17歳の少年が作曲してしまったとは、いったいどういうことなのだろう。


オーケストラ・ナデージダ 第12回演奏会(4/11) [音楽]

先週の紀尾井ホールから一転して、人影もまばらな客席…と思っていたら、開演直前にはほどほどに埋まって一安心。お客さんの平均年齢はずいぶんと高く―たぶん平均年齢は私より高い―あちこちのアマチュアオーケストラを聴いて回っていると思しきお年寄りの会話も。考えてみると、年をとって時間がありあまっていたら、映画見に行くよりアマチュアオーケストラ聴きに行ったほうが楽しめるという人も多いのかもしれない。

で、はじめましての3曲。演奏会で「初めて聴く曲」に出会うことはよくあるのだけど、プログラム全部が「初めて聴く曲」かつ「初めて耳にする作曲家」となると、ちょっと記憶にない。

ダルゴムイシスキー/歌劇「ルサルカ」第2幕より「婚礼の場面の導入」「スラブの踊り」「ジプシーの踊り」
ミャスコフスキー/交響曲第25番Op.69
ハルヴォルセン/交響曲第1番ハ短調

ダルゴムイシスキーは、チャイコフスキーの「花のワルツ」とかグリンカの「ルスラントリュドミラ」序曲みたい曲で、けっこう楽しめる。
ミャスコフスキーとハルヴォルセンは……どこから食べればいいのかわからない料理のような…

アンコールに演奏してくださったシンディング「古風な組曲」より第1曲って、これまた作曲家も曲も知らないという徹底ぶり。

(2015.4.11 狛江エコルマホール)

千代田フィルハーモニー管弦楽団 第61回定期演奏会(4/4) [音楽]

既に散りかけている土手の桜を仰ぎながら歩いて、紀尾井ホールの列に並ぶ。
大入り満員。アマチュアオーケストラで満員札止めって、あまり記憶にない。

前半がピアノ協奏曲第2番、後半が交響曲第2番というオール・ラフマニノフ・プログラム。
見るからに(聴くからに、か)難曲を2曲も続けるのは大変な技術と集中力を要すると思うのだけど、それをやり切ってしまう力ってすごいと感嘆。で、聴いている方はというと、あの濃厚なメロディーに前半で既に満腹してしまって、後半は荷が重かったりする←聴いてるだけなのに疲れてどうする。

どんなオーケストラにも持ち味とか芸風のようなものがあって、曲が難しいかどうかの尺度とは別に、その持ち味にぴったりくる作品や作曲家があると思うのだけど、千代田poの演奏で今まで印象に残ったものって、2005年の「宗教改革」とか、2006年の「田園」、2008年のブラームス4番、2011年のブラームス1番、そして2013年のドボルザーク8番。どれも「細部にこだわるよりも、大づかみに音楽に共感する感じやドライブ感」にあふれた名演だったのではないかと思う。いやもちろん、きょうも名演だと思うのだけど、ラフマニノフのメランコリックなメロディーが、そういう共感やドライブ感とどこか打ち消しあうような感じがして、演奏自体をすごいな~と思いながらも、どこか乗りきれなかったのは、こちらの体力不足。

年末には「巨人」来年春が「ザ・グレート」だそうで、特に後者は、このオーケストラにあふれる手作り感というか、本番でミラクル起こしてみせましょうみたいな感じによく合った曲のように思われ、今から楽しみ。

ラフマニノフ/ピアノ協奏曲第2番Op.18
ラフマニノフ/交響曲第2番Op.27

(2015.4.4 紀尾井ホール)

フィリップ・ハイアム 無伴奏チェロ組曲全曲演奏会(3/14) [音楽]

このところ立て続けに無伴奏チェロ組曲を聴きにいく偶然。

ピリオド楽器について何も知らないのだけど、エンドピンがなくて膝ではさむのですね。プログラムによれば、1730年製テヒラーだそうで、もうすぐ300年になろうかという工作物が、骨董品としてガラスケースに入るのでなく、きちんと音楽を聞かせてくれるのは驚異ではないかと。

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(左側が5弦チェロ。武蔵野文化事業団のtwitterから借用)

これもプログラムによれば、第6番は鈴木秀美氏の5弦チェロ(18世紀初期・ドイツ製)で演奏される。いちばん後ろに近い席なので演奏者の手元がよく見えないのだけど、ちょっと考えただけでも弾くのが大変そう。A線側にもう1本追加したとすると、右手が大きく回り込むようにして弾かなければならないし、C線側だとすると、今度は左手の指を大きく伸ばさなければならないのでやはり苦しい。そもそも5本の弦の調性ってどうなっているのだろう。どちらかといえば高音を補強する需要のほうが大きそうだが、そうするとA線側にもう1本追加して、「E線」になるのだろうか。

(2015.3.14 武蔵野市民文化会館)

藤原真理 無伴奏チェロ・リサイタル"誕生日にはバッハを" (1/18) [音楽]

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藤原真理さんは、毎年の誕生日に武蔵野でバッハの無伴奏を全曲演奏されることになっていて、それが今年でもう14回目になるという。とてもありがたいのだけど、1月18日が土日とは限らないので、行ける年と行けない年がある(ちなみに、次に1月18日が土日にあたるのは、2020年になる)。で、土日なら行けるかというと、チケットが全然とれない。電話予約の時代にはほとんど絶望的な状況だったのだけど、インターネット予約が可能になってPCの前でreloadしまくれば、かすかな希望が。販売開始から10分ほど、既に残り数枚の状況でやっと入手したのは前から3列目のほぼ右はじだが、これはこれで視界にじゃまも入らず、至福のひととき。

藤原さんの「無伴奏」は、流麗というより懇切な「無伴奏」で、ゆっくりと噛みしめるように弾いてくださる。苦悩に満ちた重厚なバッハが好きな方には向かないかもしれないが。
また、重音の一部を装飾音符のように前に出しているのが印象的。例えば6番のガヴォットの冒頭は上から順にシ-レ-ソの重音になっているのだけど、ソの音だけが少し早く聞えるのですね(3弦の重音なので、同時に弾くことはもともと難しいのだろうか。専門の方にうかがいたいところ)。どうやって弾いているのだろう。

また、曲順が毎年違っているのも、折々のお考えがあってのことだろうが、興味深い。
ちなみに、
今年(1月18日)は 第1番-第2番-第3番 (休憩) 第5番-第4番 (休憩) 第6番
去年(1月17日)は 第3番-第2番-第1番 (休憩) 第4番-第6番 (休憩) 第5番
おととし(1月18日)は第5番-第2番 (休憩) 第3番-第4番 (休憩) 第1番-第6番
となっている。

全曲を弾きおえて大層お疲れであろうところ、拍手にこたえ「来年につながるように」とおっしゃって第1番のプレリュードをもう一度弾いてくださった。幸福な休日。

(2015年1月18日 武蔵野市民文化会館)

イギリスのお葬式の音楽 [音楽]

テレグラフ紙のサイトに載っているこの調査は、イギリスの大手葬儀社が、3万件以上の葬儀から「故人を偲んで演奏された(歌われた)音楽」を調べたものだという。

1. Always Look on the Bright Side of Life
 (Eric Idle- From Monty Python's 1983 film "Meaning of Life")
2. The Lord is My Shepherd
 (讃美歌「主は私の羊飼い」)
3. Abide with Me
 (讃美歌「日暮れて四方は暗く」)
4. "Match of the Day" theme
 (Theme from BBC football news)
5. My Way
 (Frank Sinatra)
6. All Things Bright and Beautiful
 (英国国教会の讃美歌。モンティ・パイソンにはそのパロディ"All things dull and Ugly"もあるのだけど…)
7. Angels
 (Robbie Williams)
8. Enigma Variations- Nimrod
 (エルガー「エニグマ変奏曲」から第9変奏「ニムロッド」)
9. You'll Never Walk Alone
 (Gerry and the Pacemakers- Adopted by fans of Liverpool FC and Celtic)
10. Soul Limbo (Cricket Theme)
 (Booker T. & the MG's/ Theme from BBC Cricket)

以下、11位にはパッヘルベルのカノン、13位にはコメディ「Only Fools and Horses」のテーマ、15位にはヴィヴァルディの「四季」、17位にはドラマ「コロネーションストリート」のテーマ、19位にはラグビーアンセム「ワールド・イン・ユニオン」、20位には同順位でプッチーニの「誰も寝てはならぬ」とアルビノーニのアダージョが入っている。さらにジャンル別のベスト10または20が載っていて、ポップス・ロック・オールディーズ部門にEva Cassidyが2曲も入っているのが目をひく。それに対してビートルズやクイーンが1曲も入っていないのが不思議。

イギリスで葬儀に参列したことはないけれど、このリストを眺めていると、いかにもイギリスらしいなぁと思う。それはどういうことなのかと(少々くどく)いえば、「ほどよく何でもありで、狭量じゃないこと」「力が抜けてること」「曲想が明るいこと」の3つだと思う。1位がいきなりモンティ・パイソンというのにも驚くし、BBCの"Match of the Day"やクリケット中継のテーマなんて、およそ荘重でも厳粛でもない曲なのだけど、故人がフットボールが(クリケットが)好きだとお葬式でこういう曲が演奏できたり歌ったりできる風土って、なかなかいいのではないかと。

じゃあ自分の葬式だったら何をリクエストしたいかというと、この10曲から選べというのであれば、Abide with Meでしょう。ニムロッドもいいなあ。




唱詠晩禱 降臨節第一主日礼拝(11/30) [音楽]

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イギリスおたくのはしくれとして、国教会の大事な行事を見学させていただくのは有難いことで、信者さんたちの邪魔にならないよう礼拝堂の隅っこに。
前奏はバッハのBWV639「いざ来たれ異教徒の救い主よ」。

司祭の説教は大要以下のとおりだが、メモをとっていないので間違っている可能性あり。

・教会ではクリスマスを迎えるための4週間の、そのはじまりを1年のはじまりととらえる
・だからその前の11月を1年の終わり、人間の一生の終わりとみなす
・なので、11月のはじめに諸聖徒の日all saint's dayがある(万霊節all souls dayもそうですね)
(ここで司祭は「世間ではハロウィンといってただ騒いでいるようですが…」と苦笑されていた。広告代理店のみなさんわかりましたか…ってそういう自分もよくわかっていないのだけど。)
・きょうの第二日課「マタイによる福音書」25章のメッセージは、「あらかじめ整える」ということ。
東日本大震災でたくさんの方が東京へ避難し、体育館や学校などに滞在することになった。そこへ温かい食事を届けようと考えたが、数多くの食事をいちどきに作ったことはそれまでなかったので、逡巡しつつ(前任地の教会の)信者さんに声をかけたら、その教会では毎週炊き出しを実施していたこともあってか、たくさんの方が即座に反応し、行動してくれた。いつどのような形であなたが必要とされるか、予め示されているわけではない。「さあ今だ!」となったときにいつでも、またどのようにでも反応できるようにしておくことが必要だ。

そんな話をお聞きし、アンセム、使徒信経、主の祈り、応唱、特禱、祝禱と続いたあとで聖歌「起きよ夜は明けぬ」(みなさんきちんと歌えるのですね。すばらしい)、そして後奏がBWV645「目覚めよと呼ぶ声が聞こえ」。
BWV645の静かで晴朗な曲想は、きょうの締めくくりにふさわしい。

礼拝のあとですっかり暗くなった中庭へ行ってみると、高さ15メートルを超える巨木が美しいクリスマスツリーになっている。
お商売のクリスマスツリーが「ともかく目立つ」ためのツリーであるのに対して、こちらは信者さんによる、信者さんのためのツリーだからして、飾る側の顕示欲みたいなものは皆無で、控えめであるゆえにたいへん美しいという実例。ツリーの根元を走り回る子供さんがツリーの灯火に浮かびあがって、ファンタジーのような、リンドグレーンの童話のような。

ベルリンの壁とロストロポーヴィチ [音楽]

きょう2014年11月9日は、ベルリンの壁(に設けられた検問所)が開放されてからちょうど25年にあたる。

バックパッカーとして鉄のカーテンの東側をうろうろしていた学生時代には、そこに住む人々からいろいろな話を聞き、さまざまなことを感じもしたのだけれど、当時、そうした障壁は半永久的なものと感じられ、自分が生きているうちにベルリンの壁がなくなるとは思ってもみなかった。だから、それから10年もしないうちにこのニュースを聞いて、心底驚いたし、自分がきのう・きょうの延長線上でしか明日を考えられない人間であることを痛感した。

閑話休題。
ベルリンの壁が開放された直後、ロストロポーヴィチが壁の前でバッハの無伴奏組曲を演奏したエピソードは音楽愛好家のあいだでは有名だが、最近ずっと気になっているのは、彼が壁の前で何を演奏したのかということだ。
「第2番のサラバンドじゃないの?」と言われそうで、実際その動画も残されているのだけれど、最近インタビューを読んでいたら、次のように話していることに気付いた。
(以下引用)

When in 1989 I saw on television that the Berlin Wall was being torn down, I took the first plane to go play there. When the taxi left us out in front of the ex-Berlin Wall, I realized that I needed a chair. I went to knock on the door of a house, and someone recognized me. Within 10 minutes, there was a little crowd, and a television crew came passing by. I played the most joyous Bach Suites for solo cello in order to celebrate the event. But I could not forget all those who had lost their lives on this wall in trying to cross over it. Hence, I played the Sarabande of Bach's 2nd Suite in their memory, and I noticed a young man crying.

(以上引用元:SIX FRENCH INTERVIEWS WITH MSTISLAV ROSTROPOVICH November 2005 to November 2006 Translated by David Abrams with the assistance of French Cellist Caroline Vincent)

ということで、most joyous Bach Suitesって、何番の何を弾いたのだろうかと。
個人的には第6番のガヴォットかサラバンドを希望。

(11.12追記)
第3番のブーレではないかとのこと。




マーガレット礼拝堂オルガンレクチャーコンサートシリーズ10「編曲の愉しみ〜オルガン曲になった名曲たち」 [音楽]

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前半は、この礼拝堂のオルガニスト岩崎真美子さんによる「日本におけるオルガン(パイプオルガン)の受容」ともいうべきレクチャー。戦前に海外から持ち込まれたオルガンのほとんどは戦災で烏有に帰したが、教会以外の場所に広くオルガンが置かれるようになったきっかけが1972年のNHKホールだったこと、そのオルガンが「紅白歌合戦」で使われたことで、オルガンが多くの人に認知されるようになったことなど。

その後、コンサートホールや学校などさまざまな場所にオルガンが置かれるようになり(築地本願寺にもオルガンがあり、仏教讃歌のようなものが演奏されているという)、現在550を超えるオルガンが全国にあるが、その中で日本独特の現象として、「結婚式場のオルガン」がたくさんあるのだという。なるほど。面白いことに(いや、面白がってはいけないのだけど)、コンサートホールのオルガンは、オルガン曲で人を集めることが難しいので、その多くが稼働率の低さに悩んでいるのに対して、結婚式場のオルガンは、なにしろビジネスであるからして、結婚式のたびに日々しっかり稼働しているのだそうだ。

オルガン自体についていえば、1970年ごろからのエレクトロニクス化の進展で、演奏席とオルガンを分離することができるようになり、また、あらかじめ設定したプログラム通りに多くのストップを操作するといったことも可能になっているという。これでオルガンの名曲がよく知られるようになれば、せっかくのオルガンがもっと活躍できてよいのだけど…オルガニストをめざす男の子か女の子を主人公にした漫画とか、できないものですかね。

後半は、ディジョン大聖堂のオルガニストであるモーリス・クレールさんによる演奏で、時代に沿って16世紀から20世紀までの「教会音楽でない」オルガン曲の数々。1曲目に演奏されたC.Gervaiseという16世紀のフランスの作曲家の「古典舞踊組曲」を聴くと、素朴に楽しい曲で、その時代を彷彿とさせるというか、バッハの音楽に多くの舞曲が取り入れられている理由がわかるような気がした。

(20143.9.27 聖マーガレット礼拝堂)

ベルリン・フィルハーモニー弦楽五重奏団 [音楽]

プログラムをよく読まずにチケットを買ってしまったので、カルテット(弦楽四重奏団)にビオラまたはチェロを追加した「普通の」クインテットが弦楽五重奏曲を弾いてくれるコンサートだと思い込んでいたのだけど、追加されているのはコントラバスで、曲の多くは弦楽合奏用とかオーケストラ用の曲を編曲したものだった(代役で参加しているチェロのダヴィッド・リニカーが編曲を担当しているらしい)。

で、コントラバスが加わるとどんな音がするかというと、これが弦楽オーケストラを連れてきたような、大げさにいえばフルオーケストラを聴いているような気がしてしまう音の厚みが出てくるから不思議。
名人芸的な数々のスゴ技(聴衆熱狂)にも驚かされたのだけど、しかしやはりシューベルトで聴かせた緻密なアンサンブルと、アンコールのドヴォルザークの弦の艶やかな響きが印象に残った。

モーツァルト/セレナード第13番K.525「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」
レスピーギ/リュートのための古い舞曲とアリア 第3番
ラヴェル/道化師の朝の歌
バッツィーニ/妖精の踊りOp.25
シューベルト/弦楽五重奏曲D.956
(アンコール)
ドヴォルザーク/歌劇「ルサルカ」から「月に寄せる歌」
チャイコフスキー/ノクターンOp.19-4
アストル・ピアソラ/ブエノスアイレスの春

(2014.9.22 武蔵野市民文化会館)

ベルリン交響楽団(7/3) [音楽]

「皇帝」のソリストは、リシッツアさんというウクライナ出身の女性ピアニスト。こちらの遠近感がゆがむほど大柄なかたで、そんな彼女が不思議なタメをつくりつつ快速ハイテクで弾き進めていくと、微妙に、いゃ明確にオーケストラと合ってないのですね。オーケストラは細かいことは気にせずおおらかに(おおまかに)演奏してくださるエンタメ系ともいうべき芸風で、それはそれで楽しいのだけど。
ソリストもオーケストラも山盛りのアンコールを披露してくださるので大変愉快なのだけど、ただ、せっかくオール・ベートーヴェン・プログラムなのにグリーグとか、どうなんだろ。

ベートーヴェン/「エグモント」序曲Op.84
ベートーヴェン/ピアノ協奏曲第5番Op.73
(アンコール)
シューベルト/リスト編曲/アヴェ・マリア
リスト/ラ・カンパネラ
ショパン/ノクターン第20番(遺作)
ショパン/エチュードOp.25-12

ベートーヴェン/交響曲第7番Op.92
(アンコール)
グリーグ/ペール・ギュント第1組曲Op.46から「朝」
モーツァルト/「フィガロの結婚」K.492より序曲
ブラームス/ハンガリー舞曲第5番

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(2014.7.3. 武蔵野市民文化会館)

エマーソン弦楽四重奏団(6/19) [音楽]

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(クリックすると拡大表示されます)

エマーソンSQっていう名前は、設立メンバーにエマーソンさんという奏者がいたのだろうと思っていたのだけど、ラルフ・エマーソンの名にちなんでいたのですね。知らなかった。日本だったら「鈴木大拙SQ」なんて。知らなかったと言ってるそばからあれなのだけど、今や弦楽四重奏の世界ではスーパースターみたいな存在なので、これはなんとかして聴きにいかないと(何たるミーハー)…ということで、平日19時開演という悪条件を乗り越えるため、例によってさまざまの策を弄し、会場にたどりつく。なお、今回の来日にはヴィオラのローレンス・ダットンが同行せず、かわりにポール・ニューバウアーが出演しているとのこと。どうしたのだろう。

モーツァルトの冒頭から、そのアンサンブルの精緻なことに驚く。眼を閉じて聴いていると、同一人物が一つの意思のもとで4つの楽器を弾いているように聞こえる。また、主旋律に埋もれてしまいがちな「曲の構造」とでもいうべきものを示してくれる演奏でもある。
さらに、その精緻な演奏が予定調和のガラスケースの中にちんまり納まっているのではなく、クラシックのコンサートとは思われないようなライブ感のなかで繰り広げられていることに感心する。そして、そのライブ感を構成しているのは、スピードと、ひとつひとつの音のキレのよさだと思う。それが端的に示されたのが「ラズモフスキー第2番」で、少しおおげさにいえば、「今までラズモフスキーのつもりで聴いていたのは、何の曲だったのだろう」と感じるぐらいのスリリングな疾走感と盛り上がりを味わうことができた。

アンコールのハイドンでは一転して、静謐をたたえた美しさを聴かせてもらい、満足して家路に。

モーツァルト/弦楽四重奏曲第16番K.428
ショスタコーヴィチ/弦楽四重奏曲第14番op.142
ベートーヴェン/弦楽四重奏曲第8番op.59-2「ラズモフスキー第2番」
(アンコール)
ハイドン/弦楽四重奏曲第33番op.20-3より 第3楽章

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(2014.6.19 武蔵野市民文化会館)

 

プラジャーク弦楽四重奏団(6/14) [音楽]

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きのうまで咳で苦しんでいたので、コンサート中に咳が止まらなくなったらどうしようと心配しながらホールへ行く。前から5列目のど真ん中で、演奏中に退席できる位置ではない。のど飴をいくつも用意しておき、咳きこみたくなるたびに飴をなめて我慢する。

モーツァルト/弦楽四重奏曲第22番K.589
ドヴォルザーク/弦楽四重奏曲第10番Op.51
ドヴォルザーク/弦楽四重奏曲第14番Op.105

(アンコール)
ドヴォルザーク/ワルツOp.54-4
ドヴォルザーク/ユモレスク

ドヴォルザークの2つの弦楽四重奏曲は、悪くなかったのだけど、いかにもスラブ的とまではいえない無難な演奏。むしろ詩情を感じさせたのは、アンコールに弾いてくださった作品54の4のワルツで、こちらはカントリースタイルそのものだった。

(2014年6月14日 武蔵野市民文化会館)

千代田フィルハーモニー管弦楽団 第59回定期演奏会(4/6) [音楽]

四ツ谷駅から桜の土手沿いに紀尾井ホールへ歩くたびに、また1年が過ぎたな~と思う。
最初にこのオーケストラをカザルスホールで聴かせていただいたのが2005年秋の千代田区オーケストラフェスティバル(まだあるのかな?)の「宗教改革」だから、もうすぐ9年になるのが驚き。

今年のプログラムには協奏曲が入っている。プロの演奏者(仙台フィルの首席チェロ奏者である三宅進さん)を招いてドヴォルザークのチェロ協奏曲を演奏し、あわせて仙台フィルや「音楽の力による復興センター東北」への支援を呼びかける趣向。演奏後の三宅さんからも、音楽を職業とする者が震災にあたって考えたこと、実行に移したことなどを、その間のいきさつともにお話しいただいた。また、去年の「交響曲第8番」もそうだけど、ドヴォルザークのチェロ協奏曲って、むろん一定以上の伎倆が伴うことが前提なのだろうけど、小難しいことを言い出す前に人の心に深く入り込んでしまうカントリースタイルなメロディーラインと、弦楽器と管楽器がフレーズを受け渡してゆく演奏自体の面白さが相まって、盛り上がる曲だなあと思う。このオーケストラの、細かいことはさておいて闊達によく歌うスタイルとも整合していて、協奏曲の協奏曲らしさを堪能することができた。

後半はシューマンの交響曲「春」で、最後はどうやって締めるのだろうと思っていたら、アンコールに演奏されたマスカーニの「カヴァレリア・ルスティカーナ」間奏曲が弦も管も美しく、もっと小編成でこの曲を聴いてみたいなあと思わせながら美しいエンディング。ぴたっと着地が決まるすばらしい選曲。

(2014.4.6 紀尾井ホール)

マーガレット礼拝堂オルガンレクチャーコンサートシリーズ9「大聖堂の響き〜英国国教会の晩禱〜」 [音楽]

英国国教会の主要な礼拝のうち「晩禱」の歴史や音楽的特質について礼拝堂でレクチャーを受けたのちに、実地にオルガンや聖歌隊といっしょに模擬礼拝を行ってくださるという、イギリスおたくなら震えがとまらない講習会。

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前半は青山学院大学の湯浅先生による「英国国教会の晩禱」という講義で、晩禱の前にまず英国国教会とは何か、というところからレクチャーが始まる。イギリスを舞台にした小説を読んでいると、コリン・デクスターにしてもコニー・ウィリスにしても、しばしば国教会の礼拝とか音楽が出てくるのだけど、今までなんとなくわかったようなわからないようなもやもやした感じだったいろいろなこと、特にプロテスタント的なものとカトリック的なものがなぜ共存しているのか…などということを教わり、ああそういうことだったのかの連続。

続いてその音楽について講義。早禱と晩禱の聖歌隊の合唱のうち重要な部分は、旧約聖書の「詩篇」を4声のハーモニーで同和音を反復するかたちで唱えられ、この唱法をアングリカン・チャントということ。また合唱のなかでも音楽的に重要なのが、早禱では「テ・デウム」と「ベネディクトゥス」、晩禱では「マニフィカト」と「ヌンク・ディミッティス」で、これらに加えて、礼拝の最初と最後には自由な合唱曲としてアンセムが歌われること…などなど。

休憩をはさんだ後半は模擬礼拝で、湯浅先生が指揮をとり、オルガニストの前奏に続いて聴衆全員でP.ニコライのコラール「たえにうるわしや」を歌うなか、聖歌隊が入場してくる。引き続き唱和→詩篇と進んでいくのだが、中間にはさまれた第一日課と第二日課以外は、使徒信経→主の祈り→応唱→祈りとずっとアングリカン・チャントが続くのだ。同じ高さの和音がずっと続くなかでフレーズの要所だけ敏妙に音が上がり下がりするこの唱法は、不思議な魅惑をたたえている。

晩禱が進むにつれて日が傾き、礼拝堂の中も夕べの祈りにふさわしい雰囲気になってくるが、しめくくりに指定されていた聖歌は「日暮れて四方(よも)は暗く」というタイトルで、資料には「晩禱の定番聖歌である。」と書かれている。冒頭の「たえにうるわしや」は初めて聞く歌だったが、「日暮れて四方は暗く」ってどんな歌なのだろう…と思いながら聴衆とともに起立し、オルガンの前奏を聞くと、ああこれは「Abide With Me」ではないか。これなら俺も歌えるぞ。日本語の歌詞があるのか…と歌いはじめると、驚いたことに、聴衆がみな大きな声で歌っている。
あぁぁぁ失礼しました。きょうの聴衆の大半は聖公会の信者さんだったのですね。パイプオルガンの伴奏で聖歌隊とともに心おきなく大声で「Abide With Me」を歌うことができる幸せ。そのまま鼻歌で歌いつづけながら家路につく。

追悼・大滝詠一さん [音楽]

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音楽を演奏するしないにかかわらず、あるいは好んで聴く聴かないにかかわらず、自分たちの世代でこの人の音楽に全く影響(呪縛?)を受けなかった者はいなかったのではないかなあ。

君の手紙読み終えて切手を見た
スタンプにはロシア語の小さな文字
(「さらばシベリア鉄道」)

時はまるで銀紙の海の上で溶け出し
ぼくは自分が誰かも
忘れてしまうよ
(「カナリア諸島にて」)

吹雪が急に止んで
遠い岬まで晴れてゆく
(「フィヨルドの少女」)

(6.4追記)
少し大げさにいえば、バックパッカーとしての自分は、その呪縛から解放されるまでに30年あまりを要したことになるのかもしれない。

パノハ弦楽四重奏団 [音楽]

弦楽四重奏が好きだ。

初めて弦楽四重奏を楽しいと感じたのは、高校時代にFM放送で聞いたアルバン・ベルク弦楽四重奏団のライブで、音源はおそらく、オーストリア放送協会から提供されたものと記憶している。曲はモーツァルトの弦楽四重奏曲第21番K.575だった。あとから思うに、この曲はチェロが他のパートに負けじと歌うので、それも印象に残った原因かもしれない。ラジオだからメンバーを読みあげるのだけど、当時まだハット・バイエルレがヴィオラを弾いていて、変わった名前だなぁと思ったことを覚えている。

弦楽四重奏が楽しいのは、一つには、曲の構造が聴覚的にも視覚的にも理解しやすいから。また、その響きからフルオーケストラの豊かな響きとか協奏曲の独奏者とそれ以外の響き、さらにはジャズの掛け合い(コール&レスポンス)のようなものまで想像できるからだと勝手に思っている。従って、第一ヴァイオリンだけがいい気持になって他の3人は伴奏するだけ、みたいな曲は願い下げである。

ずっと下って1990年、数日間滞在しただけのロンドンでTime Out誌をぱらぱらめくっていたら、ロイヤルフェスティバルホールでアルバン・ベルクSQのライブがある。曲目はすっかり忘れてしまったが、初めてナマで聴くアルバン・ベルクSQの演奏が恐ろしく精緻だったことと、当日でもチケットが買え、しかもそれがえらく安かったことを覚えている。
(いま記録を探したら、モーツァルトの弦楽四重奏曲第14番K.387(春)、ヤナーチェクの弦楽四重奏曲第2番(ないしょの手紙)、ブラームスの弦楽四重奏曲第2番の3曲で、チケットは10ポンドだった(!))

それはともかく、パノハSQのオール・ドヴォルザーク・プログラムとなれば行きたくないわけがない。平日晩のチケットを買うと、十中八九は紙くずになってしまうのだが、きょうはさまざまな仕掛けと段取りが功を奏して、幸運にも会場にたどりつくことができた。初めてナマで聴くその音色は、ベルベットというよりフランネルのような素朴で温かみのある響き。精密機械のようなすっきり感&スピード感で聴かせるカルテットも好きだけど、ドヴォルザークの曲は、やっぱりこういう音じゃないと。

アンコールの2曲は、いずれもモーツァルトの弦楽四重奏曲から。ああしかし、せっかくサイン会がセッティングされていたのに、家からCD持ってくるのを忘れた。

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(2013.11.7 武蔵野市民文化会館)
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