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生への列車・キンダートランスポート(『世界』2017年3月号) [本と雑誌]

細野祐二さんの「東芝・債務超過の悪夢」を読もうと思って買ったのだけど(いゃ、そっちも面白い内容だったのだけど、「正味運転資本調整」のところがよくわからない(財務諸表論では出てこなかったのだけど、最近のルールなのか、それとも会計士さんしか知らないルールなのかな?)ので、ちょっと引っかかる)、戦前戦中のドイツでこんなことが行われていたとは知りませんでした。あの時代状況で、危険を顧みずというべきか、すさまじい行動力というか、頭が下がるとしかいいようがない。

クエーカーの人々のプレゼンスというのは、イギリスやアメリカではむろんのこと、大陸においても、これほどに大きなものなのですね。

番町句会(3/10) [俳句]

きょうのお題は「苗木市」。
これが難しいのは、あまり実景に接したことがないから。

(選句用紙から)

灯籠に寄りかからせて苗木市

季題「苗木市」で春。寺社の門前とか境内なので、手ごろな場所に「灯篭」があるわけだが、その灯篭に寄りかからせるようにして、すこし背の高い苗木が売られている。根元が鉢でなく、丸くつつまれていて、また、そこそこ背が高い苗木であるから「寄りかからせる」ことになるわけで、そんな無造作に置かれている苗木の様子がわかる。

乗り継ぎを待つ空港の日永かな

季題「日永」で春。乗り継ぎ便を待つ間、小さな空港だと何もすることがない。海外での乗り継ぎなんかだと、ことばもわからないし時間つぶしのネタもないしでいっそう手持ちぶさたになる。ガラス張りの向こうには、空港のさまざまな車両や施設が見えるが、それらにも春の日が当たっている。日ごろあわただしい人ほど、乗り継ぎの手持ちぶさた感が強いのではないかと思うが、それに「日永」という季題がよく調和している。

飯場にもクロネコの来て日永かな

PCな日本語だと「作業員宿舎」になるのだろうか。そこへ宅急便のトラックがやってきて、また去っていった。ただそれだけなのだけど、「住宅」でも「商店」でも「会社」でもない寄宿舎のような場所に、宅急便のトラックがやってきて生活上必要なものを置いて帰っていく、という発見(発見とまでいえないかもしれないが)がこの句の眼目。ただ、「も」が散文的で、他の言い方がなかったか検討の余地がありそうな。


(句帳から)

駅までのシャッター通り苗木売る
月朧イギリス大使館の庭
春宵や角のビストロまず灯り
→まづ灯り

  

丸山正樹『デフ・ヴォイス 法廷の手話通訳士』(文春文庫、2016) [本と雑誌]

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「初めての作家」をもう一冊。
何でも置いてあるような超大型店はともかく、理屈からいえばすべての本屋さんはセレクトショップなのだけど、その中でも特に、狭いお店に店主が選り抜いた本を並べているような、セレクトショップ型の本屋さんで求めた一冊だが、読みごたえのある内容。

一応ミステリーの体裁をとっているけれども(実際、ミステリーとしてもよくできた作品だと思うけれども)、ろう者やその家族のおかれた現実を理解するにはよい入門書でもある(「日本手話」と「日本語対応手話」の違いなど、本書で初めて知った事実も多い)。問題の所在が整理でき、それぞれの人々の立ち位置もよくわかるのですね。そして、主人公のような属性をもつ人が、「自分は何者なのか」と自問し、「敵か味方かとかどちら側とか、そもそもそういうことではない」という結論に至る過程もよくわかる。
特に、この主人公(と同じ属性をもつ人)でなければわからないことがら、とりえない行動などが描かれ、それが本書を説得的なものにしている。

そのため読後感は、根本的な問題が解決していない点では重く、しかし登場人物のそれぞれが階段を一段のぼって次のフェイズに進んだ点では日差しが差し込んでいるような明るさを備えており、作品全体の厚みともいえる余韻を醸し出している。


第105回深夜句会(2/23) [俳句]

(選句用紙から)

月朧マクドナルドのMが見え

季題「朧(月)」で春。ここでマクドナルドのMとは、都心のビルの中でなく、郊外のロードサイドなんかにある店舗で、車から見えるようにポールの上に掲げられているのではないかと。
で、あのMの文字は黄色で描かれているのだけど、その背後にある春の夜空には、やはり朦朧と春の月がかかっている。

電子レンジのともるも春の灯なる

電子レンジが回っているときに中を照らす電球は、むろん一年中同じように動作しているのだけど、いささか頼りないこの電球も、街灯や家のあかりと同様、また春灯であるなぁと感じられた。秋とか冬(寒灯)だと電子レンジの灯りには結びつきにくいので、季題の選択はこれでいいのだと思う。


(句帳から)

逃げ遅れて死ぬる話や山焼く火

柚木麻子『本屋さんのダイアナ』(2016、新潮社) [本と雑誌]

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解説で紹介されていた有名な少女小説との対比を意識して読むのが本筋なのかもしれないが、そういう本歌取り的な楽しみ方に限定しなくても、完全に独立した作品として十分楽しめる(むろん解説にも、そのように書いてあるが)。

ひとつは、この物語を成り立たせている重要なポイントである「見かけ上同じことがらについて、AさんとBさんの受け止め方が正反対」という現象について、読者に違和感なく了解させる筆力が、エンターテインメントとして十分楽しめる点(この点に関して付言すれば、描写がとても映像的で、ストーリーに直接関係ない細部まで描きこまれていて、ちょっとテレビドラマを思わせる)。

もうひとつは、登場人物が年齢ととともにどんな本(実在の本と物語中の架空の本が登場するが、ここでは実在の本)を読んでいるかが示され、それが登場人物を修飾する記号として有効に機能している点。また、この点に関連して、主要な登場人物の全員が、本や図書館、本屋さんを愛している点。

この作家を読むのはこれが初めてなのだけど(書店の店頭で『早稲女、女、男』と迷ってこちらを選んだのだけど)、なかなか面白かったので他の作品を読んでみたい。

夏潮新年会(2/19) [俳句]

ことしの選句用紙は79枚。
全部回すのも大変だけど、しかし今日は、すっと乗れる句が多くて楽しい句会だった。

(選句用紙から)

浅春の水の面のちぢみ皺

季題「春浅し」で早春。海なのか川なのか湖なのか池なのかは詠われていないのだけど、水面のわずかなさざ波について「ちぢみ皺」と叙したところが眼目。この句は違うと思うのだけれど、よく晴れた日に飛行機から瀬戸内海の海面なんかを見ていると、本当にこの感じはよくわかる。じゃあなんで「浅春」なの、という疑問が当然に浮かぶところで、むしろ早春は春一番とか東風が吹きまくったりして、波高しな日も多いと思うのだけど、日によっては、それまでの冬と違った穏やかな日があって、そんな日にはようやく春が来たと思うこともまた事実で、そんな日に詠まれた句なのではないかと。

温む濠船河原町遠からず

これはちょっと事情を知らないと選べないのだけど、『夏潮』誌の役割のひとつが虚子研究であるとすれば、かつて虚子が『ホトトギス』発行所をおいていた(丸ビルに移る前の発行所)は市谷船河原町つまりお濠の北側にあって、この句会場のちょうどトイ面ですね、というのがあって、堀端の風景が昔と変わらないのであれば、虚子もこんな風景の中を行き来していたのだろうか、ということまで思い浮かぶところ。ちなみに市谷船河原町はいまでも住居表示になっていないので、そのままの地名が使われている。

戦没馬慰霊塔みかんを一つ

季題「みかん」で冬。靖国神社にそういう慰霊塔があるのでしょう。中七と下五がわたっているが、それほど妙な感じはしない。みかん「が」一つじゃなくて、みかん「を」一つ、というところに、理不尽な死をとげた馬匹への愛情が感じられて、しかし過度にベタベタしていなくて、よいですね。

(句帳から)

浅き春飛行機雲のとぎれとぎれ
黒髪に茶色の髪に春日さす
濠端のわずかな斜面下萌ゆる
花ミモザから灯台へつづく道
雨樋のあのあたりから囀れる

番町句会(1/13) [俳句]

きょうの席題は「水仙」と「双六」。

(選句用紙から)

カーテンに影のよぎりて初烏

季題「初烏」で新年。「影のよぎりて」がなんとなく落ち着かない。「影のよぎれる」か「影がよぎりて」か。影「が」はちょっと無理っぽいので、やはり「影のよぎれる」でしょう。
元日の朝、外が明るくなってきたところで、寝室のカーテンにふと烏の影がさっと横切った。姿を見ているわけではないのだけど、けっこう大きな羽音がするから、それで気づいたのかもしれない。特にうたわれてはいないが、影がよぎるのだから、いい天気なのですね。

大手町の玻璃の水色日脚伸ぶ

季題「日脚伸ぶ」で冬(晩冬)。上五「大手町」とせず、あえて「大手町の」と字余りにして「玻璃の」につなげていく。ここではビルの壁面のガラスに空が映っているのだろう。その空が、ついひと月前なら16時半にはまっくらになっていたのが、いまでは17時でも水色の空として映っている。空が水色だ、と詠うかわりに、ビルのガラスに映っている空が水色である、としたところに小さな詩情がある。

(句帳から)

崖下の資材置場の飾かな
冬ぬくし車庫から電車出払つて
噛み合うてをらぬ会話も初電話
すこしづつ青味が増して初御空
→青味の増して

第104回深夜句会(1/12) [俳句]

初句会。
新しい職場を得て関西へ帰られる俳友の送別句会ともなった。

(選句用紙から)

疾走はみな美しく嫁が君

季題「嫁が君」で新年。家屋のねずみがいなくなったわけではないのだけど、こういう言い換え表現は、失われつつあることばのひとつかもしれない。句評では、「みな」が余計との意見があり、なるほどと感じる。「みな」と一般化する必要はなく、目の前にあるその疾走そのものを「美しきかな」としたほうがいいわけですね。


気味悪きひとりわらひの初笑

季題「初笑」で新年。自の句か他の句か判然としないのだけど―自の句であれば、さらに気味悪さが増幅されるのだけど―、この句の眼目は、多くの俳人が無意識に避けるであろう「気味悪き」という措辞をためらいなく使っているところにある。自分も含めて、「気味悪い」ことを眼前のどんな事実を通じて表現するかに心を砕くわけだけど、いきなり「気味悪き」とくる大胆さ。

恋人がゐても缶コーヒー大事

季題「缶コーヒー」で(無理やり)冬。句評でみんなから「これは無季でしょう!」と言われてしまったが、あえて冬の季題として鑑賞すると、なかなか味わい深い句ではないかと。とても寒い日で、恋人がそばにいるのだけど、買ったばかりの熱い缶コーヒーを両手で―手袋をしているのかもしれない―大事そうにかかえている。

(句帳から)

タラップをつぎつぎ降りる皮衣

カルテット [音楽]

TBSが、弦楽四重奏(団)を題材にしたドラマを放送しているではないですか。これは見ないと。


 

第103回深夜句会(12/15) [俳句]

(選句用紙から)

照るはうへ明るいはうへ浮寝鳥
季題「浮寝鳥」で冬。海や湖沼や川に浮かんで冬を過ごしている水鳥のこと。
その浮寝鳥が、ぷかぷか浮かびながら、少しずつ日がさして明るいほうへ移ろって集まっている。それ以上の説明はないのだけど、水面に明るいところと暗いところがあるということからして、例えば、川の上に高速道路の高架がかかっていて、ある部分だけが明るくなっている風景などが想像される。それでなくても寒い冬の川にたむろしている鳥が、その中の明るい、暖かいところへ少しずつ群れ集まっている様子を考えると、その浮寝鳥の心持なども感じられて、温かな一句。

荷台より新聞卸し息白し
季題「息白し」で冬。夜遅く、新聞販売店の前にトラックが止まると、待ち受けていた店員が次々にトラックの荷台から新聞を販売店に運び込む。夜の道路で作業をするその息が、販売店からの光を受けて白く光っている。冬の夜遅く、商店街の中でそこだけが明るくなっている風景。
ここで「卸し」としたのは、各戸へ配達するバイクや自転車ではなく、販売店へ運んでくるトラックであることを明確にするためと思われるが、バイクなら殊更に「荷台からおろす」とは言わないので、普通に「下ろし」で十分通じるように思う。

(句帳から)

絵に描いたやうなおでん屋路地の奥

プラジャーク弦楽四重奏団+山碕智子(Va) モーツァルト弦楽五重奏曲全曲演奏会 [音楽]

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1日で6曲全部が聴けるならと吉祥寺シアターへ。初めての会場だけど、文字通り劇場なのですね。
学生のころ、ブダペストSQ+トランプラーのLP盤を聴いてから、それが頭の中のモノサシになってきたのだけど、そのモノサシを置き換えるとまではいかなくても、なかなかに歌ごころのある演奏で、前後半5時間の長丁場もまったく苦にならない。「スメタナSQの後継者」という宣伝文句が呼び起こす印象は渋い、枯れた演奏だが、実物はもっとカラフルな演奏。

プロなので当たり前とはいいながら、縦の線がぴしっと揃っている演奏って、それだけですごいなあと思ってしまう。感想にもなっていないが、個人の力量が極限まで高まっていくと、「合わせる」という感覚なしにそれが実現できてしまうのではないかと。

(2016.12.3 吉祥寺シアター)

番町句会(12/9) [俳句]

(清記用紙から)

猫はもの言はぬがよけれ漱石忌

季題「漱石忌」で冬(12月)。「吾輩は猫である」は猫がさまざまな独白をする物語だけど、実際に飼い猫がしゃべることができたなら、うっとうしくてたまらないだろう。この句が多くの票をあつめたのは、この「もの言はぬがよけれ」への共感と思われるところ。

英国とも交へし干戈漱石忌

漱石は英文学者としてロンドンに留学したりもしていて、そこでさまざまなエピソードも生まれてきたのだけれど、時期としては日露戦争の直前にあたる。それから40年もしないうちに、日本はイギリスとも戦火をまじえたのだった。英国と「も」とわざわざ言う必要があるか、考えるところ。「アメリカと戦争をしたのだけれど、漱石が留学していたその英国とも戦ったのだった」という句意になるのだろう。また、「英国と」だと、一句の中心が上五中七に傾いてしまい、漱石忌がどこかへ行ってしまうという配慮かもしれない。

(句帳から)

冬の影曳いて二台のベビーカー
ポプラ一列冬野と冬野隔てたる
一時間半も歩いて狩の宿

加納朋子『我ら荒野の七重奏』(集英社、2016)【ネタバレ注意】 [本と雑誌]

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評判の高い新刊なのだけど、なじめなかった。理由は三つ。
・説明になってしまっていること。
・最後の設定(ちょうどぴったりな曲が見つかること)が都合よすぎること。
・音楽(楽曲)に対する思い入れが感じられないこと。

お芝居でいうと、役者さんの台詞や動作で表現してほしいことを、ト書きで一から十まで説明されている感じ。うん説明はわかったから、それで何がどうなるのかと期待して待っていると、説明だけで終わってしまう。説明を全部取り去ってしまって、台詞だけ残しておいても伝わらないものだろうか。そこを伝わるように書くのが作家の力量というものではないかと。

小説なので、どのような設定でも別にかまわないのだけど、弦楽四重奏ならともかく、木管七重奏の曲がそう都合よく転がっているわけがないでしょう。結局、設定が無理だと読者が共感できないので、小説の魅力を損なってしまうことになる。残念。

息子の演奏に涙を流す母親が何度も描かれるのだけど、それがどんな曲なのかほとんど描かれていないので、共感できない。ファゴットのソロはどんなメロディーでどのくらい続くのか?ホルンやクラリネットはどうしているのか?そもそも短調なのか長調なのか?ほとんどわからない。これでは、やはり思い入れの余地がない。音楽の解説書ではないので曲の内容に深入りする必要はないにしても、どんな曲をどんなふうに演奏しているのかわからないのは、吹奏楽を題材にした小説としては、やはり物足りない。


番町句会(11/11) [俳句]

きょうの兼題は「蕎麦刈」「鷲」。蕎麦刈りを目の前で見たことって、なかったような…

(清記用紙から)

蕎麦刈るやはるか低きに村の屋根

季題「蕎麦刈」で冬。山の斜面の段々畑で蕎麦刈りをしているのだけれど、ふと目を転じると、その段々畑のはるか遠く、ではなく、はるか下のほうに、村の家々の屋根がぽつんぽつんと見えている。
司馬遼太郎の小説(タイトルを失念した)の冒頭に、南信州のどこかの村についてのそのような描写があるけれど、まさにその世界である。
(もっとも、旧南信濃村の場合、山の上のはるか高いところに集落がある、不思議な風景なのだけど)

蕎麦刈るや虫やしないにメロンパン

それなりに広さのある蕎麦畑なのであろうか。蕎麦刈りの途中でちょっと休憩をとなったのだけど、そこで虫やしないにメロンパンをいただいた。握り飯とか海苔巻とかあんぱんじゃなくて「メロンパン」だというところにこの句の面白さがあって、専業でやっている老農夫だったらメロンパンなんか頬張らないだろうから、メロンパンを買ってわざわざ畑に持って行く人といったら、若い人であろうか。ひょっとして素人が、面白半分でやっているのかもしれない。そんな蕎麦刈りの様子がうかがわれる。

鷲が提げゆけるだらりとしたるもの

季題「鷲」で冬。鷲がその爪に獲物をとらえて運んでいくのだけど、その獲物はすでに動きを失って、だらりとぶら下がっているように見える。ちょっと前まで生きて動いていたであろうその小動物を「だらりとしたるもの」と捉えたことで、食う側食われる側の非情な戦いがかえって際立っている。

(句帳から)

蕎麦刈を了へて集合写真かな

横田庄一郎「チェロと宮沢賢治―ゴーシュ余聞」(岩波書店、2016) [本と雑誌]

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「セロ弾きのゴーシュ」といえば、宮沢賢治の童話の代表作のひとつである。そしてその作者である賢治は、たいそう音楽好きであって、自らもチェロを弾こうとしていたことが知られている。本書は、賢治が実際に、どのくらいチェロを弾きこなしたのか、上京して手ほどきを受けたというが、それはどのような状況だったのか、といった「宮沢賢治とチェロ」にしぼった論考で、大変面白く読める。

生前の賢治を知っている人々が存命のうちにこうした記録を残しておくことは、賢治の正確な姿(神格化されず、また不当な取り扱いもされない)を知るためには重要なことで、文学者や文芸評論家でなく、音楽について詳しいジャーナリストがこのように丹念に取材を重ね、記録を残してくれた(初版は1998年で、本書は岩波現代文庫からの再版である)ことに感謝したい。

本書の指摘ではっとさせられたのは、「セロ弾きのゴーシュ」についての、次の部分である。
(以下引用。128ー129頁)
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このあと仲間のみんなが「よかったぜ」とゴーシュにいうと、向こうでは楽長が「いや、からだが丈夫だからこんなこともできるよ。普通の人なら死んでしまふからな」といっていたと、賢治は書いている。
ゴーシュはからだが丈夫だからできたのだが、賢治はあれほど熱中したチェロの独習半ばに病に倒れ、そうなることを夢見ながらもとうとうできなかった。唐突に出てくる「普通の人だったら死んでしまふからな」というくだりは、まさに死んでしまう賢治が書いているのである。普通の人とは、これを書いた賢治自身のことではないか。死ぬ少し前まで『セロ弾きのゴーシュ』の原稿に手を入れていた(宮沢清六『兄のトランク』)ことを思い合わせると、このくだりには感無量という以外に言葉が見つからない。
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(以上引用終わり)

賢治は、死の直前までこの作品に手を入れ続けていて、現在われわれがよく知っている文面は、その最終形だというのだ。
もしそうだとすると、確かに、物語の終わりちかくにあるあの一節は、ニュアンスが全く違ってくる。
校本全集をあたって、まず、現在われわれが目にする文面をもう一度確認。

(ここから引用。「校本宮澤賢治全集第10巻」(1974、筑摩書房)219-234頁)
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「ゴーシュ君、よかったぞお。あんな曲だけれどもここではみんなかなり本気になって聞いてたぞ。一週間か十日の間にずいぶん仕上げたなあ。十日前とくらべたらまるで赤ん坊と兵隊だ。やろうと思えばいつでもやれたんじゃないか、君。」
 仲間もみんな立って来て「よかったぜ」とゴーシュに云いました。
「いや、からだが丈夫だからこんなこともできるよ。普通の人なら死んでしまふからな。」楽長が向うで云っていました。
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(以上引用終わり)

この部分が、初稿では以下のようだったというのだ。

(ここから再び引用。前掲校本全集501-502頁)
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「ゴーシュ君、よかったぞお。一週間か十日の間にずいぶん仕上げたなあ。十日前とくらべたらまるで赤ん坊と兵隊だ。やろうと思えばいつでもやれたんじゃないか、君。」 
仲間もみんな立って来て「おめでたうおめでたう」とゴーシュに云いました。
---------------------------------------------------------------

つまり、確かに「いや、からだが丈夫だからこんなこともできるよ。普通の人なら死んでしまふからな。」の一節は、初稿にはなくて、あとから加えられたものだったのですね。

それでは、初稿はいつ書かれ、あとからあの一節が書き加えられたのはいつなのだろうか。初稿は、賢治が病気で倒れる前に書かれ、病気になってからあの一節が加えられたのだろうか。
どうもそうではなく、初稿も病気になってからのようだ。前掲「校本全集」によれば、現存草稿32枚のうち22枚目には「東北砕石工場花巻出張所用箋」の裏面が使われているので、賢治のためにこの出張所が開設された1931年2月以降にこの部分が書かれたことは明らかである※。賢治はこの年の9月に東京へ出張中にで倒れて花巻に戻ってから再び病臥生活となり、1933年9月21日に亡くなっているのだけど、おなじ22枚目の表面には、1933年4月2日の同級会(同窓会)への欠席連絡の下書きが残っているという(483頁)から、この時期に書かれた可能性もある。そうすると、さきほど引用した箇所は全体の最後の部分、つまり草稿の31枚目と32枚目にあたるので、初稿が書かれた時点(1931年2月から1933年9月までのどこか)において、既に賢治は死を強く意識していたと思われる。そこへさらに、「いや、からだが丈夫だから…」と加筆して現在の形に修正した賢治の絶望感(といっていいのか)考えると、粛然とせざるを得ない。

(※ただ、この作品は必ずしも頭から順番に書かれたわけではなく、最初に書かれたのはねずみのエピソード、次が猫のエピソードの一部、三番目がかっこうのエピソード、四番目が猫のエピソードの一部、五番目がそれ以外の部分であることがわかっている)。

この他にも、冒頭でゴーシュをいびり倒す「楽長」のモデルがあの人――クラシックの世界では超有名なあの人――ではないか、とか、野ねずみのこどもが入った「チェロの孔」とは実は、とか興味深いエピソードがいっぱい。賢治ファンならずとも読んで損はない一冊。




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