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加藤則芳『メインの森をめざして-アパラアチアン・トレイル3500キロを歩く』(平凡社,2011) [本と雑誌]

 バックパッカーや旅行好きはむろんのこと,俳人にぜひ読んでほしい一冊。

Appalachian Trail.JPG

 複雑なストーリーではなく,著者が約半年をかけてアパラチアン・トレイルを南(ジョージア州)から北(メイン州)まで歩き通す話なのだけれど,前作『ジョン・ミューア・トレイルを行く-バックパッキング340キロ』(平凡社,1999)を読んだときには気づかなかった多くの好ましい点が本書の価値を高めている。

 その「好ましい点」とは,沿道の季節感に敏感に反応し,ひとつひとつの季題をていねいに見ているということだ。この点において,俳人にこそ読んでほしい。前作の舞台であるジョン・ミューア・トレイルは,舞台の多くがが人の生活からかけ離れた高山や奥山であったので,季題が拾いにくいのはやむを得ない面があった。今回のアパラチアン・トレイルは,農場を横切り,町を通過していくのだから,季題に不自由はしないのも道理だ。

 もう少しいえば,作者の季題に向き合う姿勢,つまり季題を見るまなざしや季題を楽しむ気持ちが,俳人のそれと変わらないどころか,半ちくな俳人よりもずっと季題をよく見ているし,季題に入りこんでいることにも驚かされる。以下にいくつか引用してみる。

 「春もみじ」という青森県発祥の表現がある。初々しく萌えいづる季節の,芽吹きの,若葉の季節の,新緑の森の,この季節の森を歩くたびに,その言葉のたくみさがわかる。この季節の森を歩くたびに,これほどにさまざまな緑の色があるのかと,毎年のように驚かされる。浅黄色やオレンジの芽吹き,淡い黄緑色など,あらゆる緑のモザイクに,薄紅色の山桜がところどころ入り交じる。(89頁・ノース・カロライナ州。ただしこの一節は,アパラチア山脈の春と対比して日本の森について説明した箇所である)

 このあたりの新緑前線は,まだ標高1000メートルちょっとで足踏みしている。すでに芽吹いていた木々の葉の多くが,雪と寒気によって萎れ,枯れ落ちてしまっている。早春のあの可憐な花たちの多くも,打ちのめされてしまっていた。それでも,なんとか耐え忍んで春を待つ姿が,痛々しくも,逞しく見える。(184頁・テネシー州) 

 思うに,長い距離を歩く行為は,自問自答を通じて人を純化し,また謙虚にさせる。それらは結局,巡礼という形式をとるか否かにかかわらず,ある種の巡礼であるともいえる。

 また,この著者はさまざまな現実に接した時に,それを手放しで賛美したり非難したりせず,その背景をアメリカ社会の歴史に照らして掘り下げながら考えていて,その懐の深さとバランス感が,本書に奥行きを与えている。たとえば,南部の人々の深いホスピタリティーに感謝しながらも,それらの人々がその信仰の厚さゆえに(このトレイルではない場所で)引き起こすさまざまなことについても冷静に分析し,記述していく。これは,著者の長年にわたる編集者としての経験や,思い込みをなるべく排除して事物をありのままに見るように心がけてきた姿勢の賜物であろう。

 世の中には多くのすぐれた旅行記があるけれども,歴史や社会に目配りしながら季節感や季題に向き合い,さらには到達点への歩みを進めていく記述は間然とするところがなく,いまどきの日本人によって書かれた旅行記としてはベストのものの一つであると断言したい。


(12.23追記)
 あまりに気に入ったので,もう少しサイド情報を読み込みながら楽しみたいと考えて注文したのがこの1冊。
Appalachian Trail Thru-Hikers' Companion 2011 (Robert Sylvester(ed.)2011)
thru-hiker's companion 2011.jpg

タイトルの通り,アパラチアントレイルを通しで歩くハイカーのために,道中のシェルターや郵便局,コインランドリー,給水地点,主な町の地図などを事細かに記載したガイドブック。重量を軽減するため,きれいなカラー写真の類は一切載っていない。表紙はおそらく,終点のカタディン山に到達して感涙にむせぶ男性の姿であろう。これと照らし合わせながら,年末にでも再読するのが楽しみ。

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