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中脇初枝『世界の果てのこどもたち』(講談社文庫、2018) [本と雑誌]

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腰巻きに「2016年本屋大賞受賞」と書いてあって、よくよく見たら本屋大賞「第3位」と書いてある。これほどすばらしい本が第3位なら、第1位や第2位はどんな本なのかと疑問に思い、調べてみたが…
あの本とあの本ですか。偶然だがどちらも読んだことがある。どちらも面白かったけど、私なら段違いにこっちだと思うのだが。

内容について多言を要しない。属性でものを言うことの不毛さ。どのような属性の下にも、しょうもない個体とすばらしい個体が混在しているという現実。仮に属性間に何らかの差があったとしても、その差より個体差のほうがずっと大きいということ。

ひとつひとつのエピソードがリアルなのは、詳細かつ大量の取材があって、そのほんの一部分を使っているからだと思われ、タイムリミット的なことも考えると、その点でも価値ある一冊。『アグルーカの行方』と続けざまに、まだ7月だが今年のベスト1が2冊到来。




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番町句会(7/13) [俳句]

きょうの兼題は「駒草」。見たことのある季題だと助かる。
師匠の句評を聴くことができるのも半年ぶり。よかったよかった。

(選句用紙から)

駒草や囲ひの外に二三株

季題「駒草」で夏。山の稜線などの、人通りの多い場所へ行くと、グリーンロープなどが張られて、高山植物などの植生を保護しているのを見かけるが、そうした「囲い」の中で育っている駒草が、少しずつ増えていって、囲いの外にも二、三株見られるようになった。それほど目立たしい花ではないので、遠くから見てそれとわかるように増殖しているわけではないのだけど、ごく近くで見ると、囲いの外側にもちらほら、といった風情が感じられる。

痩尾根に駒草へばりついて咲く

高所恐怖症気味なのであまり近づきたくない場所のひとつが痩尾根だが、そうした剣呑な場所を慎重にたどっていると、視線の先にふと、風にとばされないよう尾根にしがみついている駒草の姿があった―このような悪条件の下で懸命に咲いている駒草は、お花畑のような広い場所で咲いているものとはまた違って見える。


(句帳から)

駒草の斜面の荒れてゆくばかり
ヨット二艇タッキングまたタッキング
すれ違ひ登山電車の無人駅
交番にかぶさつてゐる凌霄花
水着着て居眠りをして電車かな

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第122回深夜句会(7/12) [俳句]

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(選句用紙から)

集落へ下りる側道凌霄花

季題「凌霄花」で夏。
「側道」があるぐらいだから、まっすぐな幹線道路、たとえばスーパー農道とか国道みたいな高規格の道路が、地形と無関係にまっすぐ通っている。この高規格道路と「側道の凌霄花」との対比がこの句の眼目。その幹線道路から昔の道に、側道で下りていくのだけど、その側道の脇(の建物か何か)に、のうぜんの花がからまるように咲いている。いまどきの風景が具体的に伝わるところがよい。道路用地にかからずに残っている農家なんかが想像される。


はるかより降り来る雨や夏木立

「はるかより」は、夏空のはるかな高みから、と読むのが普通なのだろうけど、はるか遠いところ(遠隔地)から順々に、とも読め、そこがこの句の面白さでもある。詠み手はうっそうと繁った夏木立の中にいるのか外にいるのか。空の高いところが見えるか見えないか、ということなら夏木立の外にいて、夏木立に降り注ぐ雨を見ているということになるのだけど。

(句帳から)

遠雷の聞こえはじめてゐる牛舎
聞き疲れ話し疲れて夕焼かな

   
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