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スコット・ジュレク『NORTH 北へーアパラチアン・トレイルを踏破して見つけた僕の道』(栗木さつき訳、NHK出版、2018) [本と雑誌]

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アパラチアン・トレイル(AT)を南から北へ走って、最速(最短時間)踏破記録をめざす話、と要約してしまうと身も蓋もないのだけど。
時間との戦い。自分との戦い。サポートする配偶者の視点と本人の視点が交互に語られることで、ものの受け止め方の違いみたいなものを描き出すことに成功している。

また、ストーリー的にも面白い。気楽にスタートしたものの、すぐにケガをしてしまってそこからのリカバリーに苦労するとか、著名なランナーなのでしだいにファンが増えてきて、楽しかったり鬱陶しかったりするとか、アンチが湧いてくるとか。最後は専門家集団?がサポートチームとなって記録達成に向けて全力で支援する。このあたり、最初から最後まで1人で歩いていたら、周囲との相互作用が描かれないことになるので、こういう物語にはならない。

それらを楽しく読んだ上で、ちょっとはみ出すとすると、ロングトレイルは来る者を拒まないので、最速踏破記録をめざすことも一興だと思う。だからといって(そのような誤解はないと思うが)トレイルは競技のためのトラックだと思われても困る。そのあたりは、むしろ読む側の課題なのかもしれない。同じトレイルを歩いても、以前にこのブログでも紹介した加藤則芳『メインの森をめざして―アパラチアン・トレイル3500キロを歩く』とはだいぶ趣が違う。どちらがいいとか悪いとかではないが。




 
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番町句会(3/8) [俳句]

きょうのお題は「蜆」。

(選句用紙から)

蜆掻バカ長穿いて出戻りで

季題「蜆掻」で春。川なのか湖なのか、胴まである長靴(バカ長)をはいて水に入り、柄のついた鋤簾(じょれん)で水底から蜆を掻きとっているのだけど、詠み手はその女性を知っている。彼女は一度は嫁いだけど実家に戻ってきて、こうして蜆掻きをしているのだ。しかし彼女に向ける詠み手の目は暖かい。春先の、空気の寒さと水の寒さが「出戻り」と微妙に響きあっているところがこの句の眼目。

ウェイターの一人専ら蠅払ふ

季題「蠅」で夏。レストランだか食堂だかに入ったら、そこにはウェイターやウェイトレスが何人かいたのだけど、その中の一人が、もっぱら蠅を追い払う役目を仰せつかってあちこち歩きまわっている。人件費の高いところではそんなことはできないので、そういうことが可能な南の国、ということだろう。半ばうんざりしつつも、半ば面白がっている詠み手の視点が感じられる。


ミッキーとミニー在(ましま)す内裏雛

季題「内裏雛」で春。「まします」とは強烈な皮肉。こんなものを有難がってどうするんだよ、という詠み手の声が聞こえてきそう。俳句の表現としてギリギリのところに踏みとどまっている。
しかし、これを皮肉と受け取らない人もいるのかしら。それは、詩人としての想像力に欠けると言われても仕方がないのでは…というより、これが皮肉や嫌悪でなかったら、この句は全然面白くないわけで。


(句帳から)

春泥にテントをたたみ次の町へ
三月のポストの底に当たる音
蜆汁石山寺へ続く道

 
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マーク・ヴァンホーナッカー『グッド・フライト、グッド・ナイト』(岡本由香子訳、ハヤカワ文庫、2018) [本と雑誌]

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山ほどある「航空関係者が語るエアラインこぼれ話」とか「パイロットが語る飛行機物語」の類とは一線を画し、独自の詩情をたたえた(しかし、下手に文学づいていない)エッセイ集。従って、そのようなこぼれ話や雑記を探す向きには物足りないかもしれない。多少おおげさにいえば、「人間の大地」や「夜間飛行」に通じるような詩情(直截なものではないが、通底するものとしての詩情)が感じられる。他方で、実用書としての価値がないかというとそんなことはなくて、気象や天文についての知識を大幅に増強してくれる一冊でもある。

上記のような詩情を感じられる理由は二つあって、ひとつには、文化の多様性に対する著者のゆるぎない支持や信頼があること、もうひとつには、さまざまな古典を適切に引用しながら、自分の言葉を選んで表現を練り上げているところだと思う。

さまざまに変化する空や水や人の描写は、時として俳句の写生を思わせるところもあり、また、飛行機を飛ばすために働いているさまざまな人々の強い仲間意識がほほえましく感じられる。この本を読んだあとでは、空港や機内、窓から見える地上や空の上の景色も少し違って感じられることだろう。





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