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第135回深夜句会(8/22) [俳句]

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いつもお世話になっているカフエ「マメヒコ」で、クロカンSサイズをいただく。

夏休みにもかかわらず(夏休みなので、だろうか?)、にぎやかな句会に。

(選句用紙から)

夏と同じ秋の帽子を売りにけり

冬帽子とか夏帽子という季題はあるが、秋帽子とか春帽子という季題はない。もちろん、帽子という季題もない。で、お店ではいつでも帽子を売っているわけだけど、当節こんな気候なので、秋になっても店頭には、夏と同じ帽子(速乾性とかUVカットとか、そんな機能を売りにした帽子であろうか)が売られている、という一句。地球温暖化とか大上段に振りかぶらずに、さらっと「夏と同じ秋の帽子」としたところが眼目で、その行き過ぎない諧謔味や、まあそうだよね、という苦い笑いが楽しい。


流星の夜空にふれて消ゆるかな

季題「流星」で秋。地上から流星を見ていると、夜空の一点からスタートした光が一瞬のうちにすばやく動いて、夜空の別の一点で消えるように見えるわけだが(消える直前に激しく輝くこともある)、それが、「夜空から夜空」ではなく、夜空ではないどこかからスタートして、夜空に「ふれて」消えた、という受け止めかたが独特。夜空でないどこか、とはどこなのだろう、などと考えさせる。

(句帳から)

貼紙をして仏壇屋夏休
八月の夜の街頭温度計
秋暑し二本つづけて通過して


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森本俊司「ディック・ブルーナ ミッフィーと歩いた60年」(2019、文春文庫) [本と雑誌]

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ブルーナが「うさこちゃん」を描きはじめる以前、父親の会社でブックデザインを手掛けていたことはよく知られている(そうでもない?)が、さらにそれ以前の、生い立ちや経歴が紹介され(ドラ・ド・ヨングの「あらしの前」「あらしのあと」を連想する読者も多いだろう)、彼が作品の中で周到に暴力を遠ざけている理由の一端を知ることができる。また、父親とのあいだでさまざまな確執があったことを知る(他方で、彼とこどもたちとの関係は、とても良好だったようだが)。

また、絵本づくり以外のさまざまな取り組みについても紹介されているが、特に惹かれたのは、福祉やこどもの健康のためのポスターなどのデザインにも進んで取り組んできたことが紹介されている中、島根大学医学部付属病院小児センターの壁やドアにブルーナの絵が描かれている(本の中では、ごく小さな写真しか見ることができないが)ことで、やむをえず入院することになったこどもにとって、これがどれほど心の支えになるかと考えると本当にありがたい。思いつくのは簡単でも実行に移すことがむずかしい中、実現に向けて努力された多くの方がおられたことと思われ、つくづくありがたいことだと感じる。

なお本書は、その少なからぬ部分が著者による取材メモからなるため、どうしても著者が前景化してしまうのだけど、読者の多くは、著者ではなくディック・ブルーナのファンであろうから、そこはもう少し書き方の工夫があってもよかったように思う。



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村上春樹「ヤクルト・スワローズ詩集」(「文學界」2019年8月号) [本と雑誌]

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大久保孝治さんのブログ「フィールドノート」7月15日分を読んで、村上春樹がかつて同名の私家版を頒布していたものと勘違いし、「日本の古本屋」などで検索してしまった。そうではないのですね。勘違いに気づいて本屋に走り、まだ積んであった「文學界」8月号を入手する。

で、この小説(「ヤクルト・スワローズ詩集」というタイトルの小説です)なのだけど、あくまで小説の体裁をとりつつも、文藝春秋6月号「猫を棄てる」に続き、父親との確執に触れた部分がある。この部分は、もはや小説というより別の何かではないかと思わせるほどだ。

昨年7月11日の日経新聞夕刊に池田克彦さんが書かれていた「村上先生の思い出」と題するコラムで、甲陽学院の教師だった父親がどこかの予備校で、自分は入学の周旋等をしないことを説明し、「私には全く力はありません。現に、私の息子はこの学校の入試に落ちています。こんな私のところに挨拶に来られても何の意味もない」と言ったとあるので、これは随分ひどい話(そういう発言をする父親も、それを書いてしまう池田氏も、それを載せてしまう日経新聞も)だなあと思ったものだが、それから1年経って、これまで決して(記憶の限りでは)このことについて言及しなかった村上さんが立て続けに、父親との関係をとりあげた作品を発表したことに驚く。これは、村上さん自身が「自分の持ち時間」を意識されていることの現れなのかもしれず、すこし心配になる。

なお、もう1編の「ウィズ・ザ・ビートルズ With the Beatles」も、村上さんらしい、胸がしめつけられるような、苦い余韻がのこる小説だった。こちらは小説らしい小説で、かつ、どこから読んでも村上さんの作品とわかる何かが充満している。
 
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番町句会(7/12) [俳句]

(選句用紙から)

静かなる雨の窓辺の金魚草

季題「金魚草」で春。「静かなる」がどこにかかっているのかよくわからないのだけど、あえて全体にかかっているように読ませるねらいだとすれば、おおむね成功しているように思う。春の静かな雨、窓の外で濡れながら揺れている金魚草(この場合、金魚草の色が黄色やピンクといった、明るく華やかな色であることが一句に効果をもたらしている)、これらが総じて「静か」だという読み方。異論はあると思うが。


灯台へ近づいていく日傘かな

季題「日傘」で夏。映画のワンシーンのようだが、日傘の白、灯台の白、夏空の青といった要素と、灯台へ「近づいていく」というところ。観光地の有名な灯台でも悪くはないのだけど、人里離れた灯台に、近くの官舎に住む灯台守の家族がお弁当を運んでいるなどという(友人の灯台が稀な存在となった今では歴史的な)風景だと、日傘がたった一人で歩いている様子が際立つので美しい。

(句帳から)

夜濯や廊下の長い社員寮
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